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被爆地の視座 サミットを前に <1> 核共有

 核超大国ロシアによるウクライナ侵攻を背景に、核を巡る国際情勢は厳しさを増している。78年前、米軍が落とした原爆によってもたらされた惨禍を原点に、核兵器廃絶を訴えてきた被爆地はどう向き合えばいいのか。広島市で19日に始まる先進7カ国首脳会議(G7サミット)を前に、その視座から考える。

「危険な発想」軍拡憂慮

ウクライナ侵攻で再燃

 昨年2月にロシアがウクライナに侵攻するや否や、米国の核兵器を日本が共同運用する「核共有(ニュークリア・シェアリング)」の議論を提起したのは生前の安倍晋三元首相だった。被爆者たちは猛反発した。「危険な発想だ」「人々の不安に乗じて核武装を議論するのか」…。ただ、議論を求める政治家の発信はやまない。韓国は米国による核抑止を強化した。被爆地の疑念は消えていない。

毎年の合同訓練

 核共有は、米欧の軍事同盟の北大西洋条約機構(NATO)が東西冷戦下の約70年前に打ち立てた。自前の核を持たない加盟国に米国の核を置き、通常は各国の駐留米軍の管理下にあるが、有事には各国空軍が投下する運用も想定する。

 発動すれば、核の管理権移譲を禁じる核拡散防止条約(NPT)に違反する。だが米欧は「有事には条約自体が失効するから問題ない」「核共有は条約発効のはるか前に確立され、条約加盟国も織り込み済みだ」と正当性を主張。毎年、合同訓練を続けている。

 近年は「冷戦の遺物」との見方があった。米国は通常兵器で勝る旧ソ連を威嚇するため、1960~70年代に7千発超の核を欧州に配備していたとされるが、東西間の緊張が緩むと削減。米専門家によると、今はベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコに計約100発が残る。

 その流れはウクライナ危機で一転し、核依存を強める動きが各国で起こった。安倍氏が民放番組で、「議論をタブー視してはならない」と語ったのは侵攻開始3日後だった。

 核共有は「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則に反する。岸田文雄首相は即座に導入を否定。自民党の安全保障調査会も昨年3月の勉強会で「日本ではなじまない」と結論付けた。それでも党内には議論を求める声がくすぶる。安倍氏の側近だった萩生田光一政調会長は今年3月「議論をしてはならないと言うつもりはない」と言及。日本維新の会も議論を提起し続けている。

「撤収促すべき」

 政治家たちの思惑に、長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)の中村桂子准教授は「被爆国で積極論が出ること自体、世界の安定を揺るがす。他国に軍拡の口実を与えかねない」と危機感を抱く。実際に昨夏のNPT再検討会議で、中国の大使が「核共有をアジア太平洋地域で再現しようとする試みは地域の戦略的安定を損なわせ、反発を招き、厳しい対抗措置に直面するだろう」とけん制した。

 今年3月にロシアのプーチン大統領が「米国と同じことをする」と語り同盟国ベラルーシへの戦術核の配備を表明すると、国連安全保障理事会の緊急会合での非難の輪に日本も加わった。中村准教授は「ロシアの言動は到底許せないが、NATOなら許せるとの理屈も通らない」。米国が欧州の核を撤収するよう日本も促すべきだと指摘する。

 戦後、日本で核依存の世論を押しとどめる力になったのは広島、長崎の被爆者だった。日本被団協の田中熙巳(てるみ)代表委員(91)は「最近は『核の非人道性』という言葉が広まった半面、抽象的に使われていないか。どう非人道的か、理解を定着させないと」。被爆体験に基づく核兵器廃絶の揺るぎない訴えの必要性を痛感している。(編集委員・田中美千子)

(2023年5月2日朝刊掲載)

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