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大下英治さん近著「最後の無頼派作家 梶山季之」 波乱と輝き 恩師45年の生涯

 昭和期に週刊誌のライターとして活躍し、78歳となる今も政財界や芸能界の旬の人物を追ったルポを精力的に世に送る大下英治さん。近著「最後の無頼派作家 梶山季之(としゆき)」は、仕事術から文学観まで自らの作家人生を方向付けた「恩師」梶山季之(1930~75年)を、数々の秘話を交えて多面的に描き出す。

 大下さんは梶山の十三回忌の頃に一度、執筆に取りかかったという。ただ、「無頼派作家の華やかな女性関係にも触れざるを得ない」。妻の美那江さん(2016年に86歳で死去)の許可を得て取材に入ったが、やはり証言が生々し過ぎ、評伝としては刊行できなかった。美那江さんをはじめ当時取材した関係者の多くが亡くなった今、あらためて活字化する意義を感じ、加筆、出版した。

 青年時代を広島市で過ごした梶山は、大下さんにとって広島大の先輩でもある。同大の文化祭で梶山の講演を聴いたのが最初の出会い。「困ったことがあれば、いつでも俺を頼ってきなさい」。常人離れした面倒見の良さで知られた梶山の言葉を頼りに、大下さんは就職で上京した後、「弟子入り」を志願する。梶山の紹介が縁となり、梶山と同じ週刊文春のトップ屋(巻頭記事を書くライター)となった。

 45年の短い生涯を駆け抜けた梶山を描く本書も、スクープを連発した週刊誌時代を第1章に置いた。「グループを組み、圧倒的な情報収集力とアンカーの筆力で『売れる』記事を書く。『1日に少なくとも5人に会え』といった梶山さんの教えは、私にとっても血肉になった」と大下さん。続く章で、正義感や反骨心を育てた戦前の朝鮮での少年時代をたどり、経済小説の分野を切り開いた独立後の活躍、官能小説での人気沸騰などを追う。中国新聞記者だった金井利博さん、大牟田稔さん(いずれも故人)と梶山との厚い友情にも触れている。

 最終章は、未完に終わった大長編への梶山の思いをつづる。出生地の「朝鮮」、ハワイ生まれの母に関わる「移民」、そして「原爆」の3テーマを柱に構想した小説「積乱雲」。4種類の書き出しだけが残された。女性関係が影を落としたという香港での客死を巡る秘話や、無頼派のイメージに隠れた素顔が浮かぶ弔辞や追悼文も収めた。

 「文学史的に『梶山季之の時代』まではなくても、間違いなく輝ける『梶山季之の季節』はあった」―。大下さんの感慨が、絶大な説得力で響く。さくら舎刊、2200円。(道面雅量)

(2023年5月2日朝刊掲載)

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