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社説・コラム

天風録 『被爆地のみどり』

 新緑の広島を歩くと、口ずさみたくなる詩がある。「ヒロシマのデルタに/若葉うづまけ」で始まる「永遠のみどり」。被爆作家原民喜が1951年の自死を前に残した。炎の記憶を包む緑の生命力に復興の祈りを託して▲広島市が登録する被爆樹木は160本ほどだ。みどりの日のきのう、平和大通り沿いの何本かを巡った。クスノキにエノキ。樹勢は衰えても懸命に命をつなぐさまが見て取れる。ただ生き物である以上、永遠は難しい▲今のうちにもっと思いを寄せたい。広島サミット関連工事のうっかり伐採は、やはりいただけない。民間では残すためのさまざまな工夫がある。例えば山門の屋根をくりぬき、被爆イチョウの大木を守ってきた寺院も▲声なき声を代弁したい―。広島の写真家藤原隆雄さんも被爆樹木を全て訪ね、無言の対話を重ねた。痛々しい老木は何を言いたいのか。「理屈では撮れない」。世に出した写真集は芽吹いた若葉や花々にも光を当てた▲渾身(こんしん)の写真集はサミットに集う国の大使館にも進呈したという。「ヒロシマのデルタに/青葉したたれ」。長く読み継がれる民喜の詩はそう終わる。首脳たちの目に被爆地の新緑はどう映るだろう。

(2023年5月5日朝刊掲載)

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