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連載・特集

被爆地の視座 サミットを前に <2> 核攻撃巡る議論

「使われる」前提に警戒

対処可能性 研究の動き

 核兵器使用の惨禍を巡る被爆者と被爆国政府の溝を国際会議で表面化させ、語り草となった場面がある。

 カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(91)は2014年12月、オーストリア外務省がウィーンで開いた「核兵器の非人道性に関する国際会議」を現地で傍聴していた。核兵器災害が起きれば救護などの対処は不能という見解に対し、「悲観的過ぎる。できることを考えるべきだ」。日本政府代表の佐野利男軍縮大使が発した一言に耳を疑った。

実態と懸け離れ

 爆心地付近の温度は3千~4千度に達し、残留放射線に汚染された広島の実態と懸け離れている―。サーローさんは休憩時間に佐野氏に詰め寄り、真意を聞いた上で「核爆発が起きても臨機応変に対応できると言うんですか」と抗議した。

 この一件の後、報道陣に囲まれた佐野氏は「(被爆地に)裸で入れば被曝(ひばく)するが、防護服を着たりもできる」と述べた。一方、サーローさんは「核抑止に依存する日本政府にとって、核兵器があまりに非人道的でおぞましい兵器だと認識されては困るのです」と批判。佐野氏が失言したのではなく、日本政府の姿勢そのものとみる。

 原爆被害の過小評価に被爆地は重ねて反発してきた。例えば、04年施行の有事法制に基づき、国が市町村に求めた「国民保護計画」の議論。国が核使用時の対応として「口と鼻をハンカチで覆う」「窓をテープで目張り」などの案を示す中、広島市は専門部会で核兵器攻撃を受けた場合の被害規模を計算。「核攻撃に有効な対処手段はなく、核兵器廃絶しか解決策はない」と結論づけた。

 「使われたら終わり」という被爆地の訴えは核兵器禁止条約の根本理念にもなった。しかし今、新たな動きがある。広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、南区)の田代聡教授(放射線生物学)は昨年秋、国内の放射線影響研究機関の集まりで、核兵器攻撃に備えた共同研究を提案した。まずは大量被曝による急性障害を念頭に、新薬の開発支援などを想定するという。

 被爆者研究は従来、がんなどの「後障害」が中心だ。原医研は戦後に米軍が接収して陸軍病理学研究所(AFIP)に集め、後に日本へ返還した被爆者の急性症状に関する医学資料を保管する。核戦争防止国際医師会議(IPPNW)でも活動する田代教授は「ロシアが核で威嚇し、世界は危機にある。核攻撃を生き延びた人の命を一人でも多く急性障害から救う対処もすべきだ」と訴える。

敷居下がる危険

 一方、奈良大の高橋博子教授(米国史)は、核兵器使用を前提にした研究に対する被爆地の根強い警戒感には理由があると指摘する。旧原爆傷害調査委員会(ABCC、現放射線影響研究所、南区)の初期の被爆者調査は旧ソ連との核戦争に備えた放射線防護研究と結びついており「AFIPの資料も軍事機密扱いだった」。

 国民保護計画の広島市の専門部会長だった被爆者、故葉佐井博巳・広島大名誉教授(原子核物理学)は中国新聞の取材に「対処可能というなら、核兵器を保有する側にとって使用の敷居が下がる危険もある」と語っていた。「絶対に使わせない」ための被爆地の貢献とは何なのか、問われている。(金崎由美)

(2023年5月3日朝刊掲載)

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