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@ひろしまサミットまで 13日 白系ロシア人

 被爆前の広島には、1917年のロシア革命に反対して日本へ亡命した「白系ロシア人」が住んでいました。6家族の計13人が原爆に遭い、うち5人は45年秋までに亡くなったといわれています。

 パーベル・ロバノフさんは5人家族で現在の紙屋町交差点(広島市中区)近くで「純欧風式 ロバノフ洋服店」を営みました。生死を含め、一家の消息ははっきりしていません。

 女学校の元音楽教師セルゲイ・パルチコフさんは、現在の牛田旭(東区)で被爆。本人が大切にしていた「被爆バイオリン」は現在、広島女学院歴史資料館(同)に展示され、時に平和の音色が披露されています。(新山京子)

(2023年5月6日朝刊掲載)

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