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社説・コラム

『潮流』 祖父と孫の言葉

■東京支社編集部長 下久保聖司

 口は災いのもとという。立憲民主党の小西洋之参院議員が先ごろ、集中砲火を浴びた。衆院の憲法審査会を「毎週開催は憲法のことなんか考えないサルがやることだ」と評したからだ。報道陣とのオフレコの場だったようだが、党の役職辞任に追い込まれた。

 似たような失言が70年ほど前にもあった。NHKラジオの新春放談。時の首相、吉田茂氏は「サルのコレクションなら国会に行けばいくらでも見られますよ」と語り、国会でやり玉に挙げられた。この時は、侮辱する気はなかったと答弁して切り抜ける。

 衆院解散につながった、「バカヤロー」発言に比べると埋もれた語録だが、これを今に伝えるのが「祖父吉田茂の流儀」(PHP研究所)である。この本を図書館で借りたのは、著者である自民党副総裁の麻生太郎氏の講演が先月、話題になったからだ。

 中国や北朝鮮の軍事的脅威を挙げて「戦える自衛隊に変えていかないと、われわれの存立が危なくなる」と訴えた。自衛隊の体制強化には改憲が不可欠だ、と唱えた。

 対照的な逸話が吉田氏にはある。自衛隊が歓迎される事態とは、外国からの攻撃や災害派遣など国が混乱している時だと。「君たちが日陰者である時の方が、国民や日本は幸せなのだ。どうか耐えてもらいたい」。自宅を訪ねてきた防衛大学校生にこう伝えたという。

 父が自衛官だった当方は思う。吉田氏の議員在職時と今では時代が違う。取り巻く安全保障環境は一層厳しくなった。被災地に駆け付け、泥にまみれる自衛隊には多くの人が感謝する。隊員には胸を張って職務に当たってほしい。

 他方で専守防衛を掲げる自衛隊に「戦える」と形容詞を付ける麻生氏の表現には違和感を覚える。政治家は、言葉を大事にしてもらいたい。

(2023年5月9日朝刊掲載)

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