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社説・コラム

『今を読む』 カナダ・ケープブレトン大兼任教授 ショーン・ハワード

岸田首相の軍縮提案とサミット

「核兵器禁止」打ち立ててこそ

 昨年8月、岸田文雄首相は核拡散防止条約(NPT)再検討会議において核兵器のない未来に向けて世界をリードするとして5項目の「ヒロシマ・アクション・プラン」を発表した。広島市である先進7カ国首脳会議(G7サミット)に先立つ外相会合は4月18日、外相コミュニケで「実践的なアプローチを具体化」したものだと歓迎。同時に、こう付け加えた。「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべき」ものなのだと。

 広島サミットでも再確認するはずだ。だが核時代の恐怖の歴史が示すように、広島でもウクライナでもそうだったが、核兵器の保有は侵略を助長し、軍縮を遅滞させ、核の威嚇を正当化する。核抑止を肯定しながら軍縮を進めようとする限り、この「アクション・プラン」も成果を出すことはできないだろう。

 五つの各項目を検討する。

 まず「核兵器不使用の継続の重要性を共有すべき」である。昨年1月、核兵器保有五大国は共同声明で「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」とした。だが、先制使用も辞さない各国の核戦略は改めないまま「核のタブー」に忠誠を誓っても、空虚に響くばかりだ。

 2番目に掲げるのは核戦力に関する「透明性の向上」だ。結構なことだが、ならば自国の保有核で殺傷可能なのが何百万人に上るのかや、どれだけ地球環境への影響を及ぼせるのか、などの都合の悪い情報も明かすべきである。

 「核兵器数の減少傾向を維持すること」を掲げた第3項目は、軍備管理の再構築を促す。そもそも軍備管理体制の現状がもろいのはなぜか。ロシアによるウクライナでの違法な戦争よりはるか以前から全ての核保有国は、「厳しい安全保障環境」を盾に「現実的なロードマップ」が必要だと常とう句を述べてきたからだ。核保有国だけでない。岸田首相ら日本の政治家も語ってきた言葉である。

 「アクション・プラン」は核不拡散と原子力の平和利用促進も掲げる。フクシマやザポロジエから得るべき教訓は、原子炉を増やすことが安全につながるということだったのだろうか。原子力と核兵器は地続きにあるという事実も直視すべきだ。

 第5項目は、各国の指導者などによる被爆地訪問や「ユース非核リーダー基金」を提唱する。日本が広島と長崎への訪問を奨励することで「被爆の実相に対する正確な認識を世界に広げる」とする。そのような機会は皮肉にも、核兵器禁止条約には言及していない「アクション・プラン」の明白な欠落を被爆者が指摘するのを、訪問者が聞かされる場になるだろう。

 被爆者の体験と警告によって実現した核兵器禁止条約は、大量殺りくの力で平和を求めようとする戦略的な狂気や、道徳的異常さを拒絶し、核兵器のない世界への真の「現実的なロードマップ」を提示する。2017年に122カ国・地域によって採択され21年1月に発効した。昨年6月にウィーンで開催された第1回締約国会議では「アクション・プラン」をしのぐ内容の50項目の行動計画が採択された。

 私は最近、広島の被爆者で核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)を代表してノーベル平和賞授賞式に登壇したサーロー節子さんと議論した。サーローさんはジャスティン・トルドー首相に面会を求めているものの拒否されているのだが、第二の母国カナダは、彼女が生まれ育った日本と同様に禁止条約の調印を拒否している。

 新味を欠く「アクション・プラン」について彼女は「非常に肩すかし」であり「困惑している」と語る。私たちが直面している危機の深刻さを岸田首相は「認識していないのか、それともごまかそうとしているのか」と問う。サーローさん、そして世界の大多数の国と市民にとって、核兵器禁止条約は人類の生存への架け橋だ。そして、その橋を渡ることのできる時間は、そう長くないかもしれない。

 1965年英国生まれ。英ブラッドフォード大で博士号(平和学)。核兵器廃絶を目指す科学者の世界的組織、パグウォッシュ会議カナダ支部メンバー。99年から現職。カナダ東部のノバスコシア州在住。

(2023年5月16日朝刊掲載)

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