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社説・コラム

『潮流』 献血する理由

■報道センター社会担当部長 城戸収

 先日、学生時代の友人から久しぶりに電話があった。ひとしきり昔話をした後、切り出された。血液のがんで、もう長くない。最後に声を聞きたかったと。

 電話を切って1人の少女を思い出した。竹原市の山元茉央(まひろ)ちゃん。血液のがんの一種、急性骨髄性白血病のため2009年7月、天国へ旅立った。5歳だった。

 その前年の秋から、彼女が入院していた小児科病棟に取材で通った。付き添うお父さんや、同じ病棟の友達が大好き。おしゃまさんで、寂しがり屋で。病を感じさせないほど走り回ることもあった。

 知らないおじさんから根掘り葉掘り聞かれ、彼女は迷惑だっただろう。クリスマスにサンタ姿で訪ねたら、彼女はこちらをあまり見ない。仕事でやっているんでしょうと見透かされたようで、汗がどっと出た。

 ある日、お父さんから打ち明けられた。きつい治療をやめ、2人で楽しく過ごすことに決めたのだと。当時、私にも同じ年頃の子どもがいた。取材は、残された親子の時間に土足で踏み込むことかもしれない。どんな顔をして会えばいいのか分からなくなった。

 茉央ちゃんのように健康な血液を作り出せない人は、定期的な輸血が欠かせない。しかし、輸血用血液の確保は綱渡りの状態が続く。広島サミットでは交通規制で献血バスを配車できず、不足が懸念されている。少子高齢化が進む中、献血事業の将来を考えると暗たんとした気持ちになる。

 定期的に献血をするようになって14年になる。お父さんとの最後の時間を邪魔してごめん。サンタ姿で、もっとうまく踊れていれば喜んでくれただろうか。自分の血液で膨らんでいく採血バッグを眺めていると、彼女の顔が浮かぶ。

 友人と、もっと会っておけばよかった。話しておけばよかった。また一つ、献血を続ける理由ができた。

(2023年5月18日朝刊掲載)

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