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社説・コラム

「原点」から歴史の転換を 編集局長 高本孝

 第3の被爆地を生み出しかねない威嚇とどう喝が、世界を飛び交う。ウクライナの終わらない戦火が象徴する国際政治のリアル(現実)は、きょうから先進7カ国首脳会議(G7サミット)の舞台となる広島に暗い影を落とす。18日、日米などの首脳会談で確認した絆は、世界で深まる分断と背中合わせでもある。

 それでも被爆地のリアルは揺るがない。1945年8月6日の地獄絵図は、いかなる描写も超越していたに違いない。辛うじて生き残った被爆者たちは放射線の影響で生涯の苦しみを強いられてきた。

 原爆資料館を訪れ被爆者と対話の時間を持つとされる首脳たちに、先輩記者から受け継ぐ言葉を基に問う。原爆の威力を知るのか、人間的悲惨を知るのか―。前者に軸を置くのであれば、広島サミットは後世、凡百の国際政治イベントに埋もれてしまうだろう。

 3月に亡くなったノーベル文学賞作家の大江健三郎さんが、冷戦終結後の91年、先述の言葉を引用し本紙に論考を寄せた。「広島、長崎の人間的悲惨を訴える声が地道に少しずつ積み上げたものは、決して後戻りすることのない前進なのです」。まことしやかな力の論理による安全保障を「脅威の再来」への道と断じる。破滅を食い止める本当の力は、破滅の体験と証言にほかならない。

 サミットに集う首脳たちに向け、中国新聞は7日朝刊で、原爆被害の実態に向き合う▽核抑止脱却への道筋を描く▽核兵器禁止条約批准を誓う▽世界のヒバクシャを支える▽核廃絶までG7が引っ張る―の5項目とその具体策を提言した。理想論でも空論でもない。あの日、本紙の松重美人カメラマン(故人)が涙をこらえながら爆心地から約2・2キロの御幸橋西詰めで惨禍を撮影して以来、私たちが発信してきたリアルとファクト(事実)を土台にした。

 人類が核時代の扉を開けてしまった「原点」に、米英仏の核保有3カ国を含むG7、さらに招待8カ国のリーダーたちが降り立つ。核兵器の使用禁止を誓い、廃絶の道筋を明示すれば、この地は再び歴史を変える出発点になり得る。原点を地盤とする岸田文雄首相の志であるはずだ。

 核兵器の「保有」と「依存」の言い訳は、ヒロシマ発のメッセージとして認められない。「苦しみは私たちで最後に」。老いゆく被爆者たちの願いが、議長国の熱意と手腕に託されている。

(2023年5月19日朝刊掲載)

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