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対露結束 絶好の機会 ゼレンスキー氏出席へ 読めぬ思惑 警戒感も

 ウクライナのゼレンスキー大統領が広島に来る。オンライン参加と伝えられていた先進7カ国首脳会議(G7サミット)に、対面出席すると決めた。ロシアから核兵器で脅され、この非人道的な兵器をなくせと訴えてきた被爆地に心を寄せてのことか。他にも狙いがあるのか。平和記念公園の訪問も取り沙汰される。その言動は耳目を集める。(編集委員・田中美千子)

 19日の正午過ぎ「サミットに出席する」との外電が世界中を駆け巡った。折しもG7の首脳たちが原爆慰霊碑に献花し、平和記念公園に植樹をするニュースが流れていた。外交上の演出としては、これ以上ないサプライズだったといえる。

 当初オンライン参加は、この日の午後に組まれていた。ところが前夜、突如として21日への延期が発表された。「来日するのではないか」との臆測はあった。日本政府はしらを切ったが、ウクライナ政府高官は否定していなかった。

 核威嚇を続けるロシアに対抗する国のトップとして、広島からの発信は強力なメッセージとなる。ロシアと友好関係を続けるインドやブラジルも拡大会合に招待されており、ゼレンスキー氏はこうした国とも直接接触できる。G7の側にしても対ロ結束を強める上で、またとない機会だ。

 ただ被爆地は歓迎一色とは言いがたい。ウクライナは米欧に兵器の供与を求めてきた。被爆者の間には「ロシアの蛮行は許せないが、西側が結託し、結果的に戦争を奨励するような形になってはいただけない」との指摘や、「反戦を訴えてきた広島を舞台に使おうという思惑ならやめてほしい」との声も聞かれる。

 忘れてならないのは、被爆地がロシアはもちろん、他のどの国にも核兵器を持たせない世界を訴え続けていることだ。ゼレンスキー氏は昨秋、欧米の核同盟である北大西洋条約機構(NATO)への加盟申請を表明した。ロシアに対抗するためとはいえ、核抑止力への依存姿勢を強めている。

 被爆国政府も同じく、米国の核に安全保障を頼るという矛盾を抱える。そもそも、G7は核保有国と日本のような国の集まりだ。広島サミットに先立ち、4月に長野県で開いたG7外相会合では、共同声明に「核兵器は、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争と威圧を防止すべきとの理解に基づく」と明記。防衛目的を強調することでロシアとの違いを示唆し、核抑止を肯定した。

 ゼレンスキー氏は昨年3月、日本の国会へのオンライン演説をした際、軍事支援を求めなかった。ウクライナ駐日大使は、ゼレンスキー氏が日本の憲法9条に配慮したとの見方を示す。

 長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)の鈴木達治郎教授は「ウクライナにはハードルが高いかもしれないが、被爆地からのメッセージが核被害の深刻さや核使用につながりかねない戦争の愚かさ、復興支援を訴える内容になれば望ましい。被爆者は『正義の戦いを続ける』との内容は求めないだろう」と話す。

「戦争終結の契機」「分断深めないか」 被爆者ら複雑な思い

 「一刻も早い戦争終結の契機に」「ヒロシマがさらなる軍事支援の象徴とならないか」。ウクライナのゼレンスキー大統領が広島市を訪れG7サミットに対面出席することが明らかになった19日、被爆者や平和団体の関係者は複雑な反応を見せた。

 「ゼレンスキー氏とG7首脳が『即刻戦争をやめて命を救おう』と呼びかけ、その声をロシアのプーチン大統領が受け止めるべきだ」と被爆者の田中稔子さん(84)=東区=は願う。

 だが同時に「武器供与の拡大と戦争拡大への分岐点となるなら、ヒロシマがその『お墨付き』になる」と気をもむ。「被爆地はいかなる国も核兵器を絶対に使ってはならないと確認する場。ゼレンスキー氏と首脳たちの発言に注目したい」

 ロシアがウクライナ侵攻と核戦争の危機の元となっている実態を踏まえ、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)顧問の森滝春子さん(84)=佐伯区=も「ゼレンスキー氏が被爆地で訴える重要性はある」としながらも「もろ手を挙げて歓迎はできない。大国の軍事力強化や世界の分断を深めないか」と懸念。「被爆の実態に触れ、自国民のため一刻も早く戦争を止める動機付けに」と求めた。

 日本被団協の箕牧(みまき)智之代表委員(81)=広島県北広島町=は「広島訪問がウクライナ国内ではどう受け止められているのだろうか。とにかく戦争だけはやめてほしい」と強調する。

 核政策を知りたい広島若者有権者の会(カクワカ広島)の共同代表を務める福山市出身の高橋悠太さん(22)は「核兵器依存国の指導者たちとの対面となる。ウクライナを被爆地にするな、と発信されても結局は世界が核抑止強化へと押し流されないか」と警戒感を口にした。

事態打開へ期待の声 広島県内に住む避難者ら

 広島市で開幕したG7サミットにウクライナのゼレンスキー大統領が対面出席することが明らかになった19日、広島県内に住む同国の避難者たちに驚きが広がった。ロシアが母国に侵攻し、核による脅しも続ける中での被爆地訪問。侵攻の即時停止や各国首脳との結束強化に期待を寄せた。

 「本当にびっくり」。広島市内で暮らすアンナ・テスレンコさん(37)はゼレンスキー大統領の広島入りを知らせるニュースを長女ディーナさん(11)、長男ヤーリックさん(7)に伝えた。「戦争が一刻も早く終わるきっかけになれば」と期待する。

 出身は首都キーウ(キエフ)南東のクリブイリフで、ゼレンスキー大統領と同郷だ。「就任後にウクライナのインフラは改善された。信頼できる政治家」とし、「ウクライナ人が争いではなく、平和を願っていることが世界に伝わる」と訪問の意義をかみしめる。「大統領には、世界に大きな影響力を持つ国の首脳たちと話し合うことで一日も早く平和を取り戻したいとの強い思いがあるのでは」と推し量った。

 東広島市に避難している広島大大学院1年のレペシュコ・アリーナさん(33)は、ウクライナ情勢や核軍縮を主要議題の一つとする今回のサミットは「私たちにとっても重要な意味を持つ」と強調。「大統領は広島で演説してほしい。世界がウクライナ市民の現実に理解を深め、支援の輪が広がるはずだ」と望んだ。

 福山市に母娘と避難しているビクトリア・カトリッチさん(24)も突然の広島入りの知らせに驚く。「各国と一体となって戦争終結と支配地の返還を実現してほしい」と願った。

 「核兵器は絶対にいけない。ウクライナとロシアに一日も早く平和が訪れてほしい」。ドネツク州出身で三次市在住のオクサナ・ヤシチェンコさん(48)は祈るように話した。故郷には多くの親戚が残り、ロシアにも姉と兄たちが暮らす。ゼレンスキー大統領の「電撃訪問」に事態打開の希望を託した。

(2023年5月20日朝刊掲載)

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