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社説・コラム

社説 広島サミット 核軍縮ビジョン 抑止論肯定は許されない

 先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)で岸田文雄首相が「広島ビジョン」を発表した。首脳宣言に先立ち、核軍縮に絞った声明である。

 核を保有する米英仏3国が名を連ねるG7が、被爆地から「核兵器のない世界」を目指すメッセージを発信する意義は大きい。核軍縮を正面から議題に取り上げたことも評価しよう。

 だが、内容は極めて物足りない。保有国や米国の傘の下にいる同盟国の立場を肯定し、忖度(そんたく)するような記述には目新しさもない。ビジョンが、多くの原爆死没者が眠る広島の地名を冠するにふさわしいとは思えない。

 実効性を伴わぬまま、核廃絶への姿勢だけをPRする「貸し舞台」に広島を利用されても困る。問われるのは、被爆地を訪れた経験を、各首脳が今後の政治行動にどう反映させていくかだ。

 ビジョンは広島、長崎への原爆投下以降、核兵器が使用されていない重要性をうたい、核軍縮に世界的な取り組みが必要だと説く。ウクライナ侵攻を続けるロシアに核の威嚇をやめるよう促し、軍拡を続ける中国を念頭に核戦力の客観的データを公表するよう求めた。

 世界情勢を踏まえれば、ビジョンをまとめただけでも前進だと評価する声があるかもしれない。だが被爆地の思いは違う。

 中国新聞がサミットに向け、原爆被害の実態に向き合う▽核抑止脱却への道筋を描く▽核兵器禁止条約批准を誓う▽世界のヒバクシャを支える▽核廃絶までG7が引っ張る―の5項目を提言した理由もそこにある。原爆犠牲者や被爆者、遺族と向き合ってきた報道機関として、核と人類は共存できないと信じるからだ。

 とりわけ「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たす」と核抑止を肯定する記述は認められない。核には核で対抗する抑止論は「核兵器による悲劇を二度と起こさない」という被爆地の願いに背いている。広島が海外の要人に訪問を求めてきたのは、被爆の実態を目の当たりにしてもらうことが目的だったことを思い返すべきだ。

 バイデン米大統領は「世界から核兵器を最終的かつ永久になくせる日に向けて共に進もう」と資料館の芳名録に書き込んだ。しかし、それを実現する道筋の議論が今回どれだけ尽くされたかは見えてこない。

 核のボタンを持つ指導者が、どんな表情で被爆資料や遺品に向き合ったのだろう。政府は明らかにしていないが、被爆地の市民でなくとも知りたかったに違いない。

 核廃絶を目指すというなら、目標を同じくする核兵器禁止条約にビジョンが一言も触れていないのは理解に苦しむ。122もの国・地域が賛成した重みに向き合うべきだ。

 G7の舞台で保有国の論理を重んじるビジョンを示したところで、世界が足並みをそろえることはできない。岸田首相が「保有国と非保有国の橋渡し」を唱えるなら、現実を変える具体的な行動に踏み込む必要があったのではないか。

 具体的取り組みを重ね、サミットごとに検証を続ける責務があることを忘れてはならない。広島ビジョンは発表して終わりではない。

(2023年5月21日朝刊掲載)

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