×

連載・特集

緑地帯 新田玲子 私のアメリカ文学研究②

 ミシガン大学には著名な研究者も多く、そういう教授のもとで新しいアメリカ作家の作品を学ぶことは刺激的だった。ただ、授業は週2で開催され、毎回異なる作品を議論したため、複数の授業準備には毎日1冊以上の英語の本を読まなければならなかった。しかも当初は慣れないアメリカ生活に苦労していたので、イェルジー・コジンスキーの「異端の鳥」やエリ・ヴィーゼルの「夜」など、ナチスのユダヤ人虐殺を直接題材とする作品を読んでも、筋を表面的に追うのが精いっぱいだった。

 秋学期が終わりに近づき、生活が落ち着いてきた12月、時々利用していた学生食堂でアメリカ人の法学部学生Kを紹介された。Kは東欧・ロシア出身のユダヤ系3世だったが、ユダヤの伝統に則(のっと)った育ち方をし、学部時代はユダヤ系の大学で哲学と宗教学を専攻していた。そんな彼が、ある日、日本人はユダヤ人にも平気でクリスマスカードをよこすんだよなあと、苦笑いしたことがあった。

 Kの言葉は大きな衝撃だった。というのも、中学の社会科教科書には、ユダヤ教はユダヤ民族固有の古い宗教で、キリスト教はそれを世界宗教に発展させたと書かれていた。そのため、当時、日曜学校で聖書を学び、聖書の民、ユダヤ人を非常に優れた民族と見なしていた私は、迂闊(うかつ)にも、ユダヤ人は皆、古い民族宗教のユダヤ教から洗練された世界宗教のキリスト教に乗り換えたと思い込んでしまっていた。ユダヤ系アメリカ文学を研究すると言いながら、ユダヤ人のことがまったくわかっていないと悟った瞬間だった。(広島大名誉教授=長野県)

(2023年5月24日朝刊掲載)

年別アーカイブ