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社説・コラム

『今を読む』 名古屋外国語大教授 高瀬淳一(たかせじゅんいち) 広島サミットの成果

国際公約 日本は率先垂範を

 広島サミットは極めて大きな成果を上げた。49年に及ぶ先進7カ国首脳会議(G7サミット)の歴史の中でも特筆すべき会合になったと言ってよい。成果は数多く、しかも多様であった。

 そもそも開催地の名前だけで主要議題が分かる、というのは後にも先にも広島サミットだけだろう。今回、G7各国は戦争被爆地でのサミット開催を受け入れた。岸田文雄首相の地元であることが幸いした形だが、背景には核兵器による威嚇をためらわないロシアを制しようというG7共通の政治的狙いがあった。

 近年のサミットではリトリート(隠れ家)方式での会合が定着している。警備の難しさと市民への負担の多さが課題になっても、岸田首相が118万人都市を開催地に選んだのは、首脳がそろって原爆資料館を訪れる重要性を優先させたからだと言ってよい。

 結果的にG7に加え、拡大会合に参加した8カ国とウクライナの首脳が資料館を訪れた。核兵器を持つ米英仏印4カ国を含む。これがニュースとなり、世界の人々が核兵器廃絶へ思いを新たにしたのであれば、それだけでも有意義だったと評価できる。

 核軍縮では初の独立文書「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」を出した。核兵器の禁止や先制不使用を宣言しなかったのを見れば、核廃絶までの道のりがまだ遠いと実感させられた。

 一方で、言葉の上だけで「核兵器のない世界」という方向性を示すだけでなく、現下の国際情勢で実行可能な具体的措置として「核兵器の透明性」を盛り込んだ。これは核保有国に対し保有する核兵器の情報を公開せよと求めるもので、米英仏が率先し、中国にも求めていくとした。こうした地道な呼びかけが東アジアの核軍拡の抑制に少しでも役立つことを期待したい。

 ウクライナ支援も大きな成果があった。ゼレンスキー大統領のサプライズ参加で、世界中がG7の覚悟を知った。G7は国際法に違反する「一方的な現状変更」は許さない。そうした無謀な行為には大きな代償を伴うと知るべきだ。ウクライナを徹底して支えることで、G7はロシアだけでなく、国際法を軽視する世界の身勝手な指導者たちに警告を与え続けている。

 ウクライナ支援の内容は、昨年ドイツであったエルマウサミットより、はるかに多様になった。日本が力を発揮できる復興支援も入った。ロシアに対する経済制裁が強化され、ロシアが資金源とするダイヤモンド売買に制約が課せられることになった。

 国連安全保障理事会がロシアの拒否権で何も決められない中、紛争解決のために有効な制裁を科すには、できるだけ多くの国の、とりわけグローバルサウス(新興・途上国)の国々の理解と協力が不可欠になる。広島サミットを舞台に、ゼレンスキー大統領は、各地の地域機構の代表を含むグローバルサウスの首脳たちと対面で話し合えた。グローバルガバナンス(地球統治)の政治的メカニズムであるG7の意義は、こうした「場」の提供にもある。

 G7リーダーたちは3日間で九つの会合をこなした。核軍縮とウクライナ支援が脚光を浴びたが、首脳宣言には世界経済、地域情勢、環境問題、社会的課題などで数多くの国際公約が明記された。社会問題では、感染症対策の強化に加え、持続可能な開発目標(SDGs)の達成加速やジェンダー平等に関する取り組み推進も約束された。

 首脳宣言以外にも、ウクライナと核軍縮のほか、三つの特別文書が出た。「経済的強靱(きょうじん)性と経済安全保障」では、中ロを意識し、経済的威圧へ警鐘を鳴らした。「強靱なグローバル食料安全保障に関する広島行動声明」では、グローバルサウスの国々とともに食料危機に苦しむ途上国への支援を約束。「G7クリーン・エネルギー経済行動計画」では、貿易やサプライチェーンの脱炭素化に向けた政策の方向性が示された。

 公式文書の量と盛り込まれた国際公約の数は、実に膨大だ。これをまとめた日本政府は、議長としての率先垂範を果たさなければならない。

 1958年、東京都生まれ。早稲田大大学院政治学研究科博士後期課程単位取得満期退学。名古屋外国語大専任講師などを経て2003年から現職。著書に「サミットがわかれば世界が読める」など。

(2023年5月27日朝刊掲載)

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