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連載・特集

緑地帯 新田玲子 私のアメリカ文学研究⑦

 逆境を生き延びるにも、人としての道を守ることは、ユダヤ人にとって必然である。というのもユダヤの歴史は、アブラハムが子孫繁栄と引き換えに、「全き者」になることを神と契約するところから始まり、ユダヤ人にとっては、「人=道徳者」に他ならないからである。

 ところが第2次世界大戦後、飛躍的な経済発展を続けるアメリカは物質的豊かさを享受し、目先の利益を優先する傾向が急速に強まってゆく。そして、こうした物質主義的社会では、抜け目なく己を押し出す強者が勝者になり、人を気遣う心優しき道徳者は社会的敗者に追いやられがちだった。

 そこでこの時代に活躍するユダヤ系アメリカ作家は、彼らの主人公を典型的なユダヤ人物像のひとつ、シュレミール(愚かな失敗者)として描き、主人公の善良さや道徳性の高さを称揚する一方、彼らを社会的敗者に追いやる社会を弾劾した。

 ミシガン大学留学中、私は授業でこれらユダヤ系アメリカ作家の数多くの作品と出会った。だがそれらを明確な言葉で分析し、議論できるようになるのはずっと後のことである。それでも当時、作品に強く共感し、この研究を深めてゆこうと決意できたのは、友人Kを通して聡明(そうめい)で善良なユダヤ性を実体験したからに違いない。

 Kはまた、ユダヤ系作家の作品にニューヨークを舞台にしたものが多いことから、私をそこに住む彼の友人たちに紹介し、私がニューヨークに滞在しながらニューヨークならではの体験が持てるように取り計らってもくれた。 (広島大名誉教授=長野県)

(2023年6月2日朝刊掲載)

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