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社説・コラム

天風録 『君はヒロシマを見たのか』

 「君は広島で何も見ていない、何も」。原爆に家族を奪われた日本人の男の言葉に、フランス人の女が言い返す。「いいえ、全てを見たわ」。復興途上の広島を舞台にした日仏合作映画「ヒロシマ・モナムール」は、そんなせりふで始まる▲俳優の女は病院で被爆者に接し、原爆資料館にも足を運ぶ。それでも、被爆の惨苦にどれほど近づけたと言えるのか―。作品に込めた、名匠アラン・レネ監督の問いかけが伝わってくる▲広島サミットに集ったG7や招待国の首脳は皆、原爆資料館を訪ねた。ウクライナから飛び入りのゼレンスキー大統領も。G7首脳が見たのは、ふるい分けされた展示物だという。閃光(せんこう)を浴びた人々の写真は並んだのだろうか▲どうやら米国の注文らしい。「これは見る。あれは駄目」と口を出し、取材不可にもこだわった。「核のボタン」を預かっているバイデン大統領に迷いが生じるのを周りが嫌ったようだ▲裏返せば、折り紙が付いたといえよう。超大国の元首まで恐れおののく影響力が資料館にある、と。加えて、より取りの視察が「広島を見た」うちに入らぬことにも。取り繕った広島ビジョンや首脳声明は、見たと言えぬ証しである。

(2023年5月22日朝刊掲載)

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