×

連載・特集

緑地帯 新田玲子 私のアメリカ文学研究⑧

 第2次世界大戦後のユダヤ系アメリカ作家は典型的なユダヤの失敗者、シュレミールを主人公に、ユダヤ性に道徳性や人間性を強く結びつけて描いた。しかし現実には、「ユダヤ人=道徳者・犠牲者」という一般化は、その逆の差別的偏見同様、間違っている。

 この一般化の危険性を指摘したのもまた、第2次世界大戦中のナチスによるユダヤ人虐殺と深く関わる、ポストモダンのユダヤ系哲学者や作家だった。彼らはその悲劇を二度と繰り返さないために、人々が平和に共存するために、何が必要かを真摯(しんし)に模索した。

 そのような彼らが異口同音に唱えたことは、自分の枠組みに他者を押し込めることなく、他者のあるがままをまず肯定し、その一番良いところで受け入れつつ、その理解が正しいかどうか、常に問い直し続ける姿勢だった。そこに初めて、互いの違いがもたらす問題を平和裏に解決してゆく、歩み寄りの場が確保できるからである。

 こうした学識を用いて広島大学で教鞭(きょうべん)を執りながら、私は自分の授業が単に学生の就職や昇進につながる道具に終わらないことを、彼らの学びが彼らの生活を内面から豊かにし、彼らが未来に平和を受け継いでゆく一助になることを、願ってきた。

 生きることは、時にひどくつらく、苦しい。けれどもどんな苦難の中でも人間らしさを忘れず、柔軟な思考でもって解決策を見いだす粘り強い積極性と、困難をもたらす他者にも常に心を広く開き、自分の理解に過ちがないか検証し続ける謙虚な勇気を、持ち続けてゆきたいものである。(広島大名誉教授=長野県)=おわり

(2023年6月6日朝刊掲載)

年別アーカイブ