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社説・コラム

社説 ウクライナのダム決壊 人道危機の打開へ支援急げ

 東京23区に匹敵する面積が水没したという。ウクライナ南部ヘルソン州のカホフカ水力発電所の巨大ダムが決壊した影響は広がるばかりだ。

 下流のドニエプル川流域で起きた大規模な洪水では市街地が水没した。多くの人々が避難を強いられ、死者の数も増えている。飲料水不足や医療支援の遅れといった目の前の危機のほか世界の穀物庫である一帯の農業生産への打撃も必至だろう。

 洪水の範囲は、ウクライナに侵攻したロシアが占領した地域と、ウクライナ統治下の地域の双方にまたがる。戦闘の最前線に当たり、戦火におびえる人たちに追い打ちをかける事態は侵攻後で最悪の「人道危機」にほかならない。原因ははっきりしないが、絶対に許されない。

 ロシアとウクライナは相手の破壊行為だと非難し合う。以前からの損傷が原因の可能性も否定できないが、米メディアはダムが決壊する直前に爆発があったことを米偵察衛星が検知していた、と報じた。欧米側からすれば、ウクライナ軍の進撃を食い止めるロシア側の作戦との見方が少なくないようだ。

 ゼレンスキー大統領が認めたように、領土奪回に向けた大規模な反転攻勢が始まっていると考えられるからだ。ダム決壊でウクライナ軍のドニエプル川の渡河作戦は、確かに困難さを増す。しかもロシア軍は懸命の救助活動が続く場所に砲撃を加えたとも伝えられ、本当ならまさに言語道断である。

 懸念はまだある。ロシアが軍事拠点化したとされる欧州最大のザポロジエ原発への影響だ。決壊したダムから冷却水を供給していた。当面の必要な水は確保されているというが、水位がさらに低下すれば不測の事態を招く恐れがある。

 そもそもダムへの攻撃は国際法違反である。過去の戦争ではダムを戦略的に攻撃したことがままあった。例えば第2次世界大戦では英空軍がドイツの複数のダムを攻撃し、決壊で約1300人が死亡した。そして1977年になって、ダム攻撃がジュネーブ条約の追加議定書で禁じられた。今回のダム決壊が意図的な破壊だとすれば戦争犯罪のそしりを免れまい。

 国際社会として決壊の真相究明は急務ではあるが、まずは洪水で苦境に立つ人々の救助と暮らしの支援に最優先に取り組まなければならない。

 日本の行動も問われる。岸田文雄首相は5月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)に参加し、関係を深めたゼレンスキー大統領と、ダム決壊を受けて電話会談した。流域住民に対して500万ドル(約6億9700万円)規模の緊急人道支援を表明したという。避難民に対する水や食料の提供を、国際機関を通じて行う見通しだ。

 ただ被害規模からは十分とは思えないし、戦時下の現地にどこまで速やかに届けられるか。G7議長国として単に資金を出して終わりでは物足りない。

 重要なのは即時停戦である。難しいとしてもこの洪水の被災地やダム、原発といった場所を「非戦闘地域」として国際社会の目が届く場所にするなどの外交努力も必要ではないか。来年初め、ウクライナ復興に向けた会議を日本で開く構想があると聞く。その前に、やるべき人道支援は山積しているはずだ。

(2023年6月11日朝刊掲載)

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