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社説・コラム

社説 LGBT法案 これで差別防げるのか

 LGBTなど性的少数者への理解増進を目的とする法案の国会審議が大詰めを迎えている。三つ出た案のうち、自民、公明の与党案を修正した案が先週の衆院内閣委員会で可決された。

 岸田文雄首相から「ウイングを広げる努力」を指示された与党が、日本維新の会と国民民主党の法案をほぼ丸のみした。衆院解散・総選挙に踏み切る前に懸案を早く解決したい、との思惑もあるのだろう。

 そのせいか中身には問題が多い。少数者の権利擁護では、超党派の議員連盟が2年前にまとめた案から大幅に後退した。差別を許さない社会には程遠い。

 今回論点の一つとなったのは「性自認」という表現の扱いだ。与野党の実務者が2年前に認めた言葉だが、伝統的家族観を重んじる自民党内の保守派らが反発。与党案では、心と体の性が一致しない障害名としても用いられる「性同一性」とした。

 修正案は維新、国民案を受け入れ、「性自認」とも「性同一性」とも訳せる「ジェンダーアイデンティティ」に変更した。

 「性自認」は、先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)の首脳声明の仮邦訳でも用いられている。保守派は主観的な印象があるとして認めようとしないが、自民党も党内文書などで使っていた。なぜ駄目なのか、英語なら良いのか、理解し難い。

 性自認を認めてしまうと、男性が「心は女性だ」と言って女湯に入って来ても止められなくなる―。そんな批判を耳にして不安になる人がいるかもしれない。ただ、現実的ではなく、惑わされないようにしたい。

 もっと大きな問題もある。修正案では、施策実施に当たって「全ての国民が安心して生活することができるよう留意する」との条文を加えた。当たり前のようだが、「性的指向やジェンダーアイデンティティにかかわらず」という文が前に置かれている。多数者の認める範囲でしか、性的少数者の権利は認められないのか。不安が当事者に広がるのも無理はなかろう。

 与党案にはなかった条文だ。多数者の権利に配慮しようと維新、国民が自身の法案に盛り込んだのを修正案に取り入れた。自民党から「性的少数者からの過剰な権利要求に歯止めがかかる」との声も漏れる。少数者を萎縮させるのでは本末転倒だ。

 なりふり構わず法成立を目指すのは、岸田首相に焦りでもあるのだろうか。

 昨年8月の内閣改造で、「性的少数者には生産性がない」発言が物議を醸した衆院議員を総務政務官に起用した。今年2月には首相秘書官が性的少数者や同性婚を巡り「見るのも嫌だ」と述べた。2人を更迭したが、差別をあおる政権という印象が広まった。払拭には法整備が必要だと考えたのだろう。

 お膝元で先月開いた広島サミットでは、性自認、性表現、性的指向に関係なく、あらゆる人々が差別を受けず人生を享受できる社会の実現が、首脳声明に盛り込まれた。性的少数者への差別禁止法が全くないのは日本だけ。遅れは否定できない。

 与党はきょう、修正案を衆院本会議で通し、参院に送る構えだ。衆院内閣委での審議はわずか1日。良識の府を掲げる参院では、議論を尽くさなければならない。問題点の再修正も、ためらうべきではない。

(2023年6月13日朝刊掲載)

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