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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「太陽の子」 灰谷健次郎著(理論社)

沖縄戦 わがこととして

 子どもの頃に読んだ名作を大人になって読み返し、衝撃を受けることがある。多少なりとも知識や経験を積み、かつては理解が及ばず素通りした言葉や細部に心奪われるからだろう。

 本書は私にとってそんな作品の一つだ。敗戦から30年後の神戸を舞台に、戦争が沖縄の人々にもたらした「傷」を子どもの目を通して描く長編小説である。

 主人公のふうちゃんは明るく感受性豊かな小学6年の女の子。沖縄出身で琉球料理店を営む両親や常連客から沖縄の自然や文化の素晴らしさを聞いて育つ。気がかりはお父さんが心の病に苦しんでいることだ。店でのさまざまな「事件」を通し、ふうちゃんはお父さんの病の背景に、戦争があると知る。大人たちが語りたがらない沖縄戦の悲惨や、戦後も続く沖縄の苦しみに近づこうとする。

 「鉄の暴風」とも称された米軍の艦砲射撃、「集団自決」に追いやられた人々…。ふうちゃんはあまりの現実に立ちつくす。それでも沖縄の言葉「肝苦(ちむぐ)りさ」を胸に、大人たちの記憶に向き合う。わがこととして一緒に心を痛めるのだ。

 ふうちゃんは担任宛ての手紙に記す。〈知らなくてはならないことを、知らないで過ごしてしまうような勇気のない人間に、わたしはなりたくありません〉。

 78年前の沖縄で何があったのか、そして今の沖縄はどうなのか―。ふうちゃんの言葉は私たちに向けられているようで胸をえぐる。

 作中には、沖縄出身の詩人山之口貘の詩が効果的に引用されている。「肝苦りさ」の重みが、心に染み渡る。

 1978年の初版は理論社刊。現在は角川文庫でも読める。

これも!

①蟻塚亮二著「沖縄戦と心の傷」(大月書店)
②高良勉編「山之口貘詩集」(岩波文庫)

(2023年6月13日朝刊掲載)

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