×

社説・コラム

天風録 『広島の記憶』

 被爆地の惨状を記録しようと精魂傾けた写真家は多い。土門拳も、その一人。代表作の一つに、被爆者の夫婦が赤ん坊と共に笑顔を見せる写真がある。生き抜こうとする強さを感じるから、心に染みるのだろう▲その3人は私の父母と姉です…との投書が本紙に先日載っていた。家族の写真は、泉美術館(広島市西区)の特別展「広島の記憶」の紹介記事に添えられており、心動かされて筆を執ったそうだ。父母ともがんで人生を終えたと後日談も記していた▲その写真を見ようと泉美術館に足を運んだ。海外での初期の原爆報道や、占領期の検閲を含め多彩な視点で広島に迫る資料もずらり。個人的には、絵はがきなど戦前の広島の写真に目を引かれた。何げない街のにぎわいや暮らしの一こまだが、貴重な記録だ▲広島は原爆で焼け野原になり、そうした風景はなくなった。ただ、絵はがきは全国に送られ、残っていた。眺めていると、原爆が何を奪ったのか、失ったものの大きさが胸に染みてくる▲誰かが亡くなるたび、持っていた記憶も消えてしまう。だからこそ、写真や文章で記録することが大事なのだろう。後世の人が記憶を手繰り寄せる手がかりになるはずだ。

(2023年6月25日朝刊掲載)

年別アーカイブ