×

社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 対ウクライナの人道支援 痛みを思いやることから 日本再生医療とリハビリ学会理事長 弓削類さん

 ロシアの侵攻が続くウクライナでは、銃撃や爆撃で傷つく民間人が絶えない。広島大名誉教授で、日本再生医療とリハビリテーション学会理事長の弓削類さんたちは、近隣国ジョージア(グルジア)を拠点に、頭を負傷して歩行困難になった人たちの回復を後押しするプロジェクトに乗り出した。「戦争前の生活を取り戻す手助けがしたい」と話す弓削さんに人道支援のありようを聞いた。(論説委員・松本大典、写真・藤井康正)

  ―医療支援を始めたのはなぜですか。
 15年近く交流のあるジョージアのトビリシ国立医科大の医師から、ウクライナから運ばれてくる子どもたちの治療に協力してほしいと話がありました。「昨日まで公園で遊んでいた子どもたちが頭を撃たれて寝たきりになっている」と。何とかしたいと思いますよね。ロシア軍の侵攻開始から3カ月たった頃から、国内外のNPOやNGO(非政府組織)と準備を進めてきました。

  ―どんな支援ですか。
 再生医療と最先端リハビリを組み合わせた治療です。まず、私たちが開発したブーツのような形状の「RE―Gait(リゲイト)」というロボットを使います。モーターが組み込まれた装置を靴のように取り付け、足首の上げ下げをタブレット端末でサポートする仕組みです。

 併せて、傷ついた脳の修復を促す「間葉系幹細胞」を点滴で移植します。日本では脳卒中の患者の回復に効果を上げています。リハビリだけだと車いす生活から抜け出せない患者が、走れるほどまでに回復した例もあります。

  ―対象となる患者はどれくらいいるのでしょうか。
 頭を負傷し、脳卒中のような状態で歩けなくなっている人が、ウクライナに5万人以上いるといわれます。必要な患者に行き届かせるには何十年、何十億円もかかるでしょう。全額寄付で賄う想定で、世界中の人々や日本企業の協力を得て先日、現地へ送ったリゲイトがリハビリ病院で使われ始めました。

  ―戦地はひどい状況ですね。
 国境なき医師団など現地にいる医療関係者やNPOのネットワークで惨状が伝わってきますが、まさにジェノサイド(大量虐殺)です。後ろ手に縛られ、拷問の末に命を絶たれた人、スーパーや病院でミサイル爆撃に遭った市民の亡きがら、レイプ犯罪、子どもの拉致監禁…。今も日常生活が破壊されています。侵略の背景には民族主義や宗教が複雑に絡んでいます。

  ―戦争が長引き、日本での関心はむしろ低くなっているように感じます。
 過酷な実態や背景が市民に十分に伝わっていません。メディアはもっと戦地の様子をつぶさに報じるべきです。市民側も、もっと関心を寄せてほしい。海外のインターネットや交流サイト(SNS)で、より多くの真実を知ることができます。

  ―現地で今、どんな支援が必要だと思いますか。
 地雷の除去やダムの修復、住宅の建設、飲料水の確保といったインフラ整備や資金提供はやはり欠かせません。一方でウクライナの人と話すと、みんなロシア人を許さないと言います。子どもや女性が犠牲になる悲劇が繰り返され、憎しみが憎しみを生む。この連鎖を断ち切るには、武器や資金よりも希望や愛に満ちた人道支援が必要です。医療支援はその一つ。傷ついた子どもたちが回復し、笑顔を取り戻す姿を見て、戦争の愚かさに気づいてもらいたいのです。

  ―ウクライナからの避難者は日本にもいます。私たちにできる支援を考え続ける必要があります。
 ウクライナから避難してきた人が「日本人はカインド(親切)だけど、ホスピタリティー(思いやり)がない」と話していました。避難生活を送るための施設は紹介してくれるが、自立に向けて部屋を借りるのに必要な連帯保証人に誰もなってくれないと困っている人もいました。表面的には優しくても、深く関わるとなると身を引くのでしょう。ホスピタリティーを育てるにはまず、戦禍で傷ついた人の気持ちや痛みを理解し、共感しようとすることが大事です。

■取材を終えて

 「親切だけど思いやりがない」との日本人観はズシッとくる。ウクライナ情勢は混迷を深めている。現地で何が起きているかを見極めるため、一層目を凝らさなければならない。

ゆげ・るい
 福岡県出身。広島大大学院医学系研究科博士課程修了。医学博士。2005年に同大学院医系科学研究科教授に就任。宇宙環境を利用した再生医療技術やロボットを使ったリハビリの研究開発を手がける。18年から現職。米航空宇宙局(NASA)ケネディ宇宙センターの諮問委員、宇部MCC宇宙再生医療センター長も務める。広島市中区在住。

(2023年6月28日朝刊掲載)

年別アーカイブ