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大阪から備後へ 学童疎開の記録 新市の郷土研究会 2年かけ資料集め冊子作成

 福山市新市町の住民でつくる常金丸・藤尾郷土研究会が、戦時中に地元一帯で受け入れた鷺洲(さぎす)国民学校(現在の大阪市福島区の鷺洲小)の学童疎開に関する記録を冊子にまとめた。地域と戦争の関わりを形に残そうと、2年かけて資料を集めて仕上げた。

 同会によると、鷺洲国民学校の3~6年生約500人は、1944年9月から45年10月まで、同町や府中市の寺院などに滞在し、現地の国民学校に通った。

 同会は、福島区民センターで98年に開かれた鷺洲国民学校の疎開体験を語る会の資料のほか、99年に同窓生や引率者たち27人が疎開先を再訪した際の寄稿文や座談会の記録を収集。疎開人数や疎開先の一覧表なども入手し、A4判、59ページにまとめた。

 空腹のため畑のトウモロコシを生のまま食べて地元の男性に𠮟られ、後日その男性からふかしたトウモロコシを振る舞われて感動した思い出や、自身が6年生の頃を過ごした寺を6年生の子どもを連れて再訪し、歓迎された体験なども収録。住民と疎開してきた子どもたちの関わりを伝える。

 石口寛治代表(92)は「集団疎開に関するまとまった記録はなく、知る人がいなくなる前に形にして残したかった」と話している。200部を印刷し、希望者には千円(送料込み)で提供する。常金丸交流館☎0847(57)8135。(佐々木裕介)

(2023年6月28日朝刊掲載)

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