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連載・特集

21世紀・核時代 負の遺産 アメリカ編 <17> ロスアラモス国立研究所(下) 小型核兵器の開発進む 市民、足元から「ノー」訴え

 こぢんまりとしたサンタフェの繁華街を抜け、車で十五分ほど走ると、ニューメキシコ州環境局が入る州政府ビルがあった。州権限でロスアラモス国立研究所の環境規制に当たる部署である。

 「規制といっても、われわれの権限が及ぶのは化学的有害物質が含まれているときだけ。放射性物質のみのときは、州に権限がなく手の打ちようがない」

 二階会議室で会った水・廃棄物管理担当部長のグレッグ・ルイスさん(45)は、戸惑いがちに言った。同席したルイスさんの部下で有害・放射性物質を扱うジェームズ・ベアージさん(41)が付け加えた。

 「われわれは研究所近くの試験井戸などからトリチウム(三重水素)やストロンチウム90の放射性物質を検出している。しかし研究所では、連邦基準より低い値だからといって取り合おうとしない。問題は、すでにこうした物質が流れ出る経路ができてしまっていることなんだが…」

 一九九二年に「連邦施設規制法」が議会で通過し、州政府にも一定の権限が生まれた。が、核開発に伴う「秘密性」「安全保障」とも絡んだ放射性物質は除外されるなど極めて限られた領域だった。

 ルイスさんらによると、ロスアラモス研究所は、これまで大量の放射性物質を投棄してきた「エリアG」に新たな廃棄物貯蔵施設をつくる計画だという。

 「研究所の施設内では、貯蔵する場所がなくなっている。新たな廃棄物施設の建設は、今後も核開発が進められるということ。われわれにもっと大きな権限が与えられない限り、ジレンマが深まるばかりだよ」。そう言って肩をすくめるベアージさんに、ルイスさんも無言でうなずいた。

 これではまっとうな環境対策など望むべくもない。さむざむとした思いを抱いて州政府ビルを後にした。が、サンタフェの街中に戻り、市民組織「ロスアラモス研究グループ」の小さな事務所で会ったグレッグ・メロー代表(52)の話は、一層、ショッキングだった。

 「ロスアラモス研究所の使命は、核兵器の研究開発を永遠に続けることだ。環境問題などそれを阻害する要因ぐらいにしか思っていない」

 一八八センチの長身のメローさんは、机上に広げた資料を前に、厳しい口調で言った。

 カリフォルニア州出身。大学卒業後、サンタフェに移り住み、環境団体などで働きながら、禅修行を重ねてきた。八九年に研究グループを設立し、九二年からフルタイムで活動を続ける。

 「九一年末にソ連が崩壊して冷戦が終わった。九五年度のロスアラモス研究所の核兵器関連予算は、六億ドル(約七百二十億円)まで下がった。しかし、それ以後徐々に復活し、二〇〇一年度はすでに二・二倍の十三億四千万ドル(約千六百億円)、〇二年度は十五億ドル(約千八百億円)にまで増えている」

 メローさんによれば、予算の急激な増加は新たな核兵器開発や、従来の核兵器の改造などが主な理由だという。

 「米政府も担当のエネルギー省も、国内外の世論に向けては核軍縮のポーズを取りながら、現場サイドでは新しい核兵器の開発に努めてきた。『核兵器の安全性と信頼性確保のためのプログラム』の名の下に行ってきた臨界前核実験は、単に既存兵器の性能を確かめるためだけではない。核兵器の改造や開発につながっているのだ」

 メローさんは、膨大な資料の中から、ロスアラモス研究所の核兵器開発担当最高責任者だったスティーブン・ヤンガー前副所長の講演資料を取り出した。九九年六月、従業員を対象に行った内向けのものである。それだけに、より率直に核開発への胸のうちがにじみ出ていた。

 「この研究所は、アメリカが保有するほとんどの核兵器に対し、どこよりも責任を負っている」

 「核兵器はアメリカの国家利益にとって至上のものだ。もしわれわれが、条約(包括的核実験禁止条約)に署名し、上院議会で批准してそれにリボンをつけようとも、至上の国家利益を体現するためには、条約から抜け出し、核実験を再開できる。むろん、国家の要請があればのことだが…」

 首都ワシントンの国防総省防衛脅威削減局長に転身したヤンガーさんの訴えは、決して一科学者の願望を体現したものではない、とメローさんは強調する。「そこには軍部や民間の指導者層を含む、核兵器を取り巻く体制側の思いが示されている。ロスアラモスの関係者が『顧客』と呼んでいる人たちだよ」

 地下核実験再開の背景にあるのは、何よりも地下深くまで潜り込み、その後に爆発する使用可能な小型核兵器の開発である。

 「ロスアラモスの科学者たちは、臨界前核実験だけでは完全に新しい核兵器は完成できないと考えている。実際の実験によって、成功するかどうか確認する必要があるのだ」とメローさん。

 小型核兵器の必要性は、イラクや朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)など、いわゆる「ならずもの国家」を対象に、地下の司令部やミサイル基地などをたたこうというものである。

 「クリントン時代から続いていた要求が、二〇〇一年初頭のブッシュ共和党政権誕生で勢いを増し、九月十一日の米中枢同時多発テロ事件以後、一気にその機運が高まってしまった」と、メローさんは懸念を強める。

 ブッシュ政権は、一月初旬に議会に核戦略に関する報告書「核体制の見直し」を提出し、ネバダ核実験場での二年以内の地下核実験再開の必要性を説いた。この時機なら核実験再開を明確に打ち出しても、国内はむろん、国際世論もそれほど強い反対は起きない、と踏んでのことだろう。

 ロスアラモス研究所は、半世紀以上にわたって核兵器の研究開発の中心だった。しかし、これからは汚染のために閉鎖されたロッキーフラッツ核工場(コロラド州)に代わって、水爆の起爆装置のプルトニウム・ピットの製造も計画しているという。

 「研究施設だけでなく、製造工場の役割も担おうというわけだ。すでにプルトニウム・ピットのテスト製造は進んでいる。新しい工場をつくり、本格的な製造にかかるのも、それほど遠いことではないだろう」と、メローさんは推測する。

 ロスアラモス研究所では、より性能の高いスーパーコンピューター導入のための建設工事も進められている。研究所の機能拡大が、核拡散防止条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)の精神に反し、この地上に再び核競争や核拡散を勢いづかせることなどおかまいなしだ。

 ニューメキシコ州には、州内最大の都市アルバカーキにもう一つの核兵器研究所がある。「サンディア国立研究所」である。ロスアラモス研究所などで考案されたアイデアを、いわば使用可能な兵器へと具現化するのが、この研究所の主要な目的だ。

 「地元の長老上院議員の強大な政治力も働いて、二つの研究所だけで年間三十億ドル(約三千六百億円)以上の予算がつく。人口百六十万人のニューメキシコ州にとって、それがどれほど巨額であるか想像がつくだろう」

 だが、両研究所に投入される巨費は、必ずしも州の豊かさにはつながらない。今もニューメキシコ州は全米で最も貧しい州の一つに数えられ、教育レベルも低いとされる。ロスアラモスの高校は全米トップクラスでも、貧しい先住民やヒスパニック系の少数民族の子どもたちは高校へも行けない現実があるからだ。

 「ニューメキシコ州は、まさに『核のコロニー』だよ。しかし、富はロスアラモス研究所を運営するカリフォルニア大学など一部の機関や人びとにのみ入る」。メローさんは、そこに社会的不公平を見てとる。

 個人的な寄付などで支えられる反核運動や環境問題に取り組む地元のグループも、強大な核体制を突き動かすだけの力はない。その現実を見据えながら、メローさんはなお明るい声で言った。

 「われわれは少数でも、足元にとどまり反対の声を上げ続ける。実態を世界に伝える役割もある。日本など世界中から人びとがやって来て、ロスアラモス研究所に一緒に『ノー』を突きつけたい」

 でなければ、核兵器はなくならない。「禅の心」を知るメローさんの、それが私たちへのメッセージでもあった。(文と写真 編集委員・田城明)

ニューメキシコ州の核施設
 ロスアラモス、サンディア両国立研究所のほかに、核兵器開発の「核のごみ」を永久貯蔵埋設するための「廃棄物隔離パイロットプラント」(WIPP)が、州南東部カールズバッド市郊外の砂漠地帯にある。

 エネルギー省が1975年以来、20億ドル(約2400億円)をかけて、6.4キロ四方の敷地に地下約650メートルの岩塩層をくりぬいて貯蔵所を建設。住民の反対で長く搬入できなかったが、99年春から稼働を始めた。ロスアラモス研究所などから一部が搬入されている。

 サッコロ市にあるニューメキシコ州立工科大学付属のエネルギー物質研究試験センターでは、放射能兵器である劣化ウラン弾の研究や試射実験が行われてきた。

 サンディア研究所のあるカークランド空軍基地近くには、2500個以上の核弾頭が保管されている「全米最大」と言われる地下施設がある。

(2002年2月3日朝刊掲載)

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