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社説・コラム

社説 新たなODA大綱 理念と国益 両立させよ

 岸田政権が、途上国を支援する政府開発援助(ODA)の指針「開発協力大綱」を8年ぶりに改定した。「外交の最も重要なツール(手段)の一つ」と位置づけ、これまで以上に効果的・戦略的に活用し、日本の国益に貢献すると強調している。

 背景にはロシアのウクライナ侵攻が招いた食料・エネルギー危機や、途上国を借金漬けにして支配を強める中国の「債務のわな」など、前大綱が想定しなかった国際情勢の変化がある。

 ただ、国益を優先するあまり、途上国の貧困解消や自立に貢献する基本の理念が後回しになれば、平和国家として築いてきた信頼を損いかねない。対話を通じて現地のニーズに応える支援に徹したい。

 日本のODA予算はかつて世界一だった。厳しい財政事情から1997年度の1兆1687億円をピークに減少を続け、本年度は5709億円と半減している。国連は国民総所得(GNI)比0・7%の目標を掲げるが、日本の実績はほぼ半分にとどまる。

 限られた金額で国際貢献と国益確保の両面で成果を上げたい思いは理解できる。それ以上に新大綱から感じるのは海洋進出を強める中国への対抗意識だ。

 中国はインフラ整備に巨額融資を行い、返済に窮した国の施設の使用権を得ている。こうした現状を踏まえ「債務のわなや経済的威圧を伴わない協力」を掲げた。相手国に十分配慮するルールの普及や海の安全確保につなげ、信頼関係を深めたい。

 また支援対象をいわゆる「ODA卒業国」にも広げ、相手国の要請を待たずにデジタルや脱炭素分野の支援メニューを提案する「オファー型協力」の強化も打ち出した。国際社会で存在感を高め「グローバル・サウス」と呼ばれる途上国・新興国を引き寄せる狙いがうかがえる。

 こうした取り組みを「自由で開かれたインド太平洋」構想の推進につなげると明記した。一方で日本か中国かという選択を迫るような振る舞いは慎むべきである。分断を助長するようなことがあってはなるまい。

 ウクライナ危機がさまざまな国の貧困層を直撃している。医療や教育、農業など、日本が得意としてきた分野で技術協力や人材育成を進めるべきだ。既に市民に近い距離で活動している非政府組織(NGO)や民間人との協調が期待される。

 インフラ整備では、日本企業に事業を担わせる「ひも付き援助」や現地政権との癒着が批判されてきた。整備した施設が活用されない事例もある。新大綱は「事業終了後も正しく評価されるためのフォローアップ」を掲げながら、具体策に言及していない。透明性を高めるためにも急ぎ検討してもらいたい。

 新大綱は「非軍事的協力」の原則を堅持したものの、一昨年に軍事クーデターが起きたミャンマーでは、供与した旅客船2隻が兵士や武器の輸送に使われていたことが明らかになった。チェックの厳格化など軍事転用を防ぐ手だてが求められる。

 平和的な貢献の蓄積に基づく国際社会からの信頼こそが「国益」であることを忘れてはならない。物価高騰などで生活が苦しく、なぜODAが必要なのかという声も少なくない。国民の理解を得る地道な説明に努める必要がある。

(2023年6月29日朝刊掲載)

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