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連載・特集

21世紀・核時代 負の遺産 アメリカ編 <19> ローレンス・リバモア国立研究所 (下) 核軍縮妨げる新技術計画 レーザー活用、予算増加

 カリフォルニア州リバモア市西部に隣接するプレアサントン市の住宅街の一角。にこやかに迎えてくれた物理学者のレイ・キダー博士(78)は、大柄な体を居間のソファに沈めると張りのある声で言った。

 「何でも聞いてくれたまえ。機密の部分以外は答えるよ」

 一九五六年以来、パートで働いた晩年の十年を含め四十四年間ローレンス・リバモア国立研究所で兵器開発などに携わってきた。

 「研究所で働き始めた当時は、ソ連との厳しい冷戦が続いており、新しい核兵器を考案するのに忙しい時期だった。初期の役割は、それらの核兵器のデザインが、理論上働くかどうかをチェックすることだった」

 第二次世界大戦中に誕生したロスアラモス国立研究所(ニューメキシコ州)だけでは、競争がないために非効率になる。「競争によって生産性を高めよう」と五二年に設立されたリバモア研究所は、文字通りロスアラモス研究所と競うようにさまざまな種類の核兵器を生み出していった。

 「大陸間弾道ミサイルに搭載する核弾頭などもその一つだ。しかし、大気圏核実験を禁じる部分的核実験禁止条約(PTBT)が米英ソ三カ国で締結される前年の六二年末ごろからは、レーダーを使った研究に取りかかった。まったくの理論段階にすぎないがね…」。記憶の明確なキダーさんは、昨日のことのように自らの研究について説明した。

    ◇    ◇

 リバモア研究所では、九七年以来、「国立点火施設(NIF)」と名づけられたレーザーを利用した大掛かりなプログラムが進んでいる。

 従来の水素爆弾は、水爆の引き金に当たるプルトニウム・ピットを爆発させて強大な熱と圧力を得、核融合反応をもたらしてきた。NIFは、細い管を通った百九十二個のレーザー光線をトリチウム(三重水素)などの入ったシリンダー内で一点に収束させ、プルトニウム・ピットの爆発と同じような効果によって核融合を誘発させようというものである。

 「現在のNIFのプログラムは、われわれが六〇年代後半に取り組んだ原理と多くの点で共通している。成功すれば、プルトニウムと違って、わずかな物質で核融合を起こすことができる。が、私は七二年にその研究に見切りをつけた。実現するには、どうしても超えられない理論上の障害があったからだ」

 「どういう障害ですか?」

 「いや、きみ、それはまだ公言できないよ…」

 キダーさんは、そう言うと豪快に笑った。

 アメリカの「水爆の父」と呼ばれるエドワード・テラー博士が、八〇年代初期に提唱した戦略防衛構想(SDI)、いわゆるスターウォーズ計画への参加。ネバダ核実験場での地下核実験が、同じ地下壕(ごう)で一週間に一度実験が可能になるような施設の建設…。

 リバモア研究所での長い研究生活の中で、キダーさんはさまざまなプログラムにかかわってきた。が、印象に残る仕事は「兵器研究とは別のところにある」と、彼の口から意外な言葉が漏れた。

 八〇年代末、キダーさんは核軍縮に熱心だったマーク・ハットフィールド元上院議員(共和党)に請われて、一つのリポートを提出した。「地下核実験をしなくても、プルトニウムの劣化状態さえ実験で分かれば、既存の核兵器の安全性と信頼性は確保できる」と。

 こう訴えたリポートは、米議員たちの説得に役立ち、ロシアより後れを取ったものの、九二年の核実験のモラトリアム(一時停止)となって実現。やがて九六年の包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名に至ったというのだ。

 「抑止力としての核兵器はなお必要だ。しかし、核兵器は使えない兵器であることも事実。ソ連が崩壊し、冷戦が終わった以上、大幅に核兵器を削減するのはいいことだ」

 さらにキダーさんはこうも言った。「核兵器の第一世代である原爆と第二世代の水爆は成功した。だが、レーダーを活用しようとする第三世代は失敗。第四世代というのはない。核兵器開発というビジネスはもう終わった」と。

 キダーさんの意見に耳を傾けていると、あたかも核兵器開発が終焉(えん)を迎えたかの印象さえ受ける。だが、現実にはロスアラモス研究所と同じように、リバモア研究所でも核兵器開発予算は九六年度以降、増加の一途をたどり、二〇〇二年度は約十二億ドル(約千四百四十億円)と、六年前のほぼ二倍に達しているのである。

 「キダー博士の意見が、兵器開発にかかわろうとする若い科学者の意欲を削ぐことに役立つ限りは意味を持つ。でも、それが現実の状況を覆い隠すだけならマイナスでしかない」

 キダーさんとのインタビューを終え、リバモア市へ戻って会った市民運動家のマリリア・ケリーさん(50)は言った。

 ケリーさんら地元の市民六人が、八三年に立ち上げた反核・環境草の根団体「トライバリー・ケアーズ」の二階事務所。

 生活者としての感覚を大切にしながら、「核兵器開発」「放射能汚染などによる環境の悪化」「社会的正義」の三つの問題は切り離せないとの信念に基づき、ほぼ二十年間地道に活動を続けてきたグループの代表を務める。今では地元とその周辺を中心に約二千六百人の会員を数える。

 「皮肉にもアメリカの核開発の歴史は、それに制限を加えるような国際条約に調印するたびに強化されてきた」  ケリーさんは、背まで届くブロンズの髪をかきあげながら、大きなため息をひとつついた。そして、言葉を続けた。

 「例えばPTBTに調印したとき、ケネディ大統領は地下核実験強化のためにリバモアとロスアラモスの両研究所に追加予算を組んだ。大気圏での核実験禁止で『死の灰』の降下は大幅に減少したけど、新しい核兵器のデザイン・開発はストップできなかった」

 同じことは、クリントン政権下でのCTBT調印時にも起きたとケリーさんは強調する。

 「クリントン大統領は九六年の調印前に、両研究所に地下核実験に代わる新たな施設建設の約束をして予算を増加した。フルスケールの核実験をしなくても、ネバダでの臨界前核実験や、それぞれの研究所で部分的な実験をして、これらのデータをスーパーコンピューターに打ち込めば、新しい核兵器の開発が可能になったというわけ…」

 トライバリー・ケアーズは、「情報公開法」などで入手した情報を基に、リバモア研究所が取り組んでいるプロジェクトを批判的に分析し、リポートにまとめたり、機関紙やホームページを通じて国内外の市民に実態を訴えている。中でも力を入れているのが、キダーさんも触れたNIFの問題である。

 「完成したらフットボール場の広さにもなる施設。当初は二〇〇二年の完成予定だったけど、今では二〇〇八年と言っている。会計検査院の調べでは、〇八年までに四十二億ドル(約五千四十億円)の費用がかかると指摘している。それに運営経費を加えれば、優に百億ドル(約一兆二千億円)を超えるとの見方もあるぐらいよ」

 レーザーによって「点火」が可能かどうか、科学技術面からの疑問が出ているのも事実。六〇~七〇年代に研究に取り組んだキダーさんは「兵器開発を目的にNIFの研究を続けるのは税金の浪費。ミスマネジメントだ」と、専門家の立場から厳しく批判したものである。

 ケリーさんは、NIFの研究は「新たな核競争や核拡散を助長し、核軍縮を求める世界の世論に逆行する」と指摘する。さらにチェルノブイリ原発事故時に放出された放射能量の2%に当たる三万七千テラ(一テラ=一兆)ベクレル(百万キュリー)以上のトリチウムがすでに大気中に放出されながら、「実験によって新たに放出され、地域の人たちの健康や環境に悪影響を与える」と強くアピールする。

 三時間以上に及んだ取材の後、彼女はNIFの建物が近くに見える場所まで案内してくれた。

 「ほら、あの建物がそうよ。実験装置の一部には、HOYAコーポレーションUSAという日系企業から、大型レーザーガラスが導入されている。日本人にも、その事実を知っておいてもらいたいわ…」

 ケリーさんがさりげなく言ったその言葉が、トゲのように心にひっかかっていつまでも消えないでいる。(文と写真 編集委員・田城明)

(2002年2月17日朝刊掲載)

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