被爆死813人 手掛かりを 広島市 自治体や団体に名簿発送
23年7月1日
広島市は30日、平和記念公園(中区)内の原爆供養塔にある約7万人とされる遺骨のうち、名前が判明しながら遺族が見つかっていない813人の名簿を全国の自治体や被爆者団体に発送した。1字違いで記載されていた1人の遺骨を5月に返還しており「名前の一部でも心当たりがあれば連絡を」と呼びかけている。
名簿はB1判とB2判の2種類。一部の人には手掛かりの住所や年齢、勤務先を書き添えている。市職員2人が市役所で名簿を封入し、都道府県や市町村、各地の被爆者団体など1987カ所に送った。14日から10月末まで張り出してもらう。別に市内の公民館など158カ所にも掲示する。
市は5月、名簿を見た遺族の問い合わせを機に、「木村正男」と記されていた木村正夫さんの遺骨を遺族に返還した。原爆被害対策部調査課は「原爆投下直後の混乱の中での記録を頼りにしている。一部の記載が違っていても、調査で本人と特定できる場合もある」として情報提供を求めている。
市は1968年に名簿の公開を始め、85年から全国に送っている。公開以降、849人の遺骨が引き取られた。 (宮野史康)
(2023年7月1日朝刊掲載)
名簿はB1判とB2判の2種類。一部の人には手掛かりの住所や年齢、勤務先を書き添えている。市職員2人が市役所で名簿を封入し、都道府県や市町村、各地の被爆者団体など1987カ所に送った。14日から10月末まで張り出してもらう。別に市内の公民館など158カ所にも掲示する。
市は5月、名簿を見た遺族の問い合わせを機に、「木村正男」と記されていた木村正夫さんの遺骨を遺族に返還した。原爆被害対策部調査課は「原爆投下直後の混乱の中での記録を頼りにしている。一部の記載が違っていても、調査で本人と特定できる場合もある」として情報提供を求めている。
市は1968年に名簿の公開を始め、85年から全国に送っている。公開以降、849人の遺骨が引き取られた。 (宮野史康)
(2023年7月1日朝刊掲載)