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社説・コラム

『書評』 池崎忠孝の明暗 佐藤卓己著 政治のメディア化 追及

 取り上げた人物が興味深いのだから、面白くないはずがない。1891年に今の新見市に生まれ、東京帝国大在学中から、文芸評論で名をはせた池崎忠孝(ちゅうこう)の足跡を丁寧にたどっている。

 当時流行の「遊蕩(ゆうとう)文学」に対し、赤木桁平(こうへい)の筆名で撲滅論をぶち上げ、論争を巻き起こす。夏目漱石の門下生としても知られる。

 卒業後は、新聞の論説記者や、義父のメリヤス製造業で働いたが、思うに任せず、本名での軍事評論活動に転身。「米国怖(おそ)るゝに足らず」など、幾つものベストセラーを生み出した。その知名度を生かし、ついに幼少の頃から胸に抱いていた政治家に転じた。

 日米開戦の10年以上も前から戦争は不可避だと論じ、好戦的・反米的だと見られていた。あおりで敗戦後は戦犯容疑で巣鴨プリズンに入れられる。不起訴になって釈放され、2年後に病気で没する。

 今はほぼ忘れ去られた、波乱に富む生涯を膨大な一次史料を基に描き出している。従来の一面的な池崎像を退けることにもなった。

 ただ、著者の射程は長い。影響力の最大化を目指すメディアの論理が、政治の制度や活動まで揺さぶっている。そんな大衆政治の状況を、著者は政治のメディア化と言い、そこにメスを入れようとしている。

 公の意見である輿論(よろん)ではなく、大衆心理に乗じた世論を重視する、メディア経験を持つ議員が、政治のメディア化を推し進めた。そうしたメディア議員の典型が池崎だと見立てている。

 実際、池崎はドイツやイタリアとの三国同盟に当初は強く反対していたが、世の流れが同盟歓迎に向かうと、前言を翻す。同盟締結は日本の運命とまでつづっている。ポピュリストの色彩濃いメディア議員ならではの変節だろう。

 今や政治家の多くが交流サイト(SNS)を駆使している。政治のメディア化が加速する今、時宜にかなった問題意識といえよう。

 日本のメディア議員列伝の出版第1弾でもある。15巻の単独編集役となる著者が自ら筆を執った力作だ。展開を期待したい。(宮崎智三・特別論説委員)

創元社・2970円

(2023年7月9日朝刊掲載)

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