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社説・コラム

『潮流』 日本一権限の大きい人

■論説副主幹 山中和久

 岸田文雄首相の地元事務所に、故宮沢喜一元首相と握手する若き日の写真が飾られている。官邸に現職首相の宮沢氏を訪ねて、衆院議員だった父文武氏の急逝で次期総選挙に挑戦する、と伝えた場面である。

 それから31年。9日で岸田氏は首相の在任期間が644日となり、「政治の師」と仰いできた宮沢氏に肩を並べる。

 1993年6月、宮沢内閣の不信任決議案が自民党内の造反で可決された。宮沢氏は衆院解散に踏み切ったが、総選挙で自民党は過半数割れして退陣。「党内の人間関係を読み切れなかった」と振り返っていた。

 求心力を維持し、党内の安定を図る―。そこを岸田氏が重視するのは長期政権をにらんでのことだ。党内政局で倒れた宮沢政権の教訓でもあろう。それなのに先の国会で解散風を吹かせた騒動は後味が良くない。

 解散は衆院議員全員を解職する最強の権限だ。会期末が迫る中、その可能性に含みを持たせると与野党とも浮足立ち、審議は形骸化した。安全保障や原発政策など国の針路に関わる重要な法案が議論の深まらぬまま成立してしまった。

 3月に福島であった「こども政策対話」で気になる発言があった。中学生から首相を目指した理由を問われ、岸田氏は「日本で一番権限の大きい人なので」と答えた。知りたかったのは恐らく、「何をしたくて首相になったか」だろう。

 問題を解決するには権力が要るとの思いで岸田氏は述べたのかもしれない。だが解散権の扱いと発言がどうしても重なってしまう。

 戦後保守政治の中枢を歩んだ宮沢氏は「権力はよほどのことがない限り使わない方がいい」と語っていた。薫陶を受けたからこそ岸田氏は先の総裁選で「丁寧で寛容な政治」を掲げたのではないか。今と国内外の情勢は違えど、あの日の握手を思い返してもらいたい。

(2023年7月8日朝刊掲載)

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