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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「三たびの海峡」 帚木蓬生(ははきぎほうせい)著(新潮文庫)

理不尽な死 強いた歴史

 朝鮮戦争(1950~53年)の休戦協定が結ばれて27日で70年を迎える。ただ韓国ではこの日付にあまり関心が寄せられないという。あくまで休戦であり、戦争は終わっていないからである。

 果たして終わっていないのは、朝鮮戦争だけだろうか―。1992年刊行の本書を読み返し、その前史に思いを巡らせている。朝鮮半島から連行され、筑豊の炭坑で過酷な労働を強いられた過去を持つ実業家・河時根(ハーシグン)を主人公に、ミステリーの体をとりながら日韓の歴史に切り込む長編小説だ。

 釜山で成功を収めた「私」(時根)のもとにある日、日本の同胞から手紙が届く。時根らが苦難を刻んだ炭鉱のボタ山が市長の方針で撤去されるという。1度目は「徴用」で日本へ、2度目は愛する日本女性と祖国へと海を越えるも引き裂かれた時根は、ある決意を胸に三たび海峡を渡る。

 ボタ山を崩して企業誘致を進める市長は、時根たちを痛めつけたかつての労務主任。それを支えるのは労務の協力者として鉱員らに凄惨(せいさん)なリンチを加えた同胞だ。多くの仲間が命を落とした。時根は負の遺産を葬り去ろうとする市長らに、自らの行為に目をつぶり忘却する日本の姿を重ねる。

 終盤、ある決断を実行に移した時根が息子に宛てた手紙に記す。〈生者が死者の遺志に思いを馳(は)せている限り、歴史は歪(ゆが)まない〉

 国や民族を超えすべての人に向けられているといえよう。いま「和解」や「未来志向」といった言葉で過ちをなかったことにしようとする動きがある。私たちに求められているのは理不尽な死や痛みを強いられた人々の無念を忘れないこと、過去の出来事を歴史の時間軸で見詰めることである。

これも!

①斎藤真理子著「韓国文学の中心にあるもの」(イースト・プレス)
②崔仁勲著/吉川凪訳「広場」(クオン)

(2023年7月11日朝刊掲載)

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