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連載・特集

緑地帯 小桜けい 種を置く⑦

 毎年、8月6日に広島の平和記念式典で放つ鳩が伝書鳩だと知らない人は、案外、多いように思う。公園にいる土鳩を捕まえて放つと思っていた、と言われて驚いたことがあるが、知らなければそう思うのも無理はない。

 実家は鳩を毎年、ボランティアで提供している。そのため式典の放鳩(ほうきゅう)はテレビで必ず見る。放たれた鳩は10分もすれば鳩小屋に戻ってくる。鳩小屋は自室の前にあり、戻ってくると音で分かった。実家に住んでいた頃の8月6日の朝は、日常の中に小さなイベントが差し込まれる特別な日だ。

 広島市で生まれ育った私の身内に被爆者が多くいる。父と祖母、父方の親戚がそうで、私は被爆2世だ。初めて見た映画は「はだしのゲン」の実写版で、平和学習では凄惨(せいさん)な写真をたくさん見て、話を聞いた。さらに被爆体験を身内から聞き取るという課題もあった。つらかっただろうが、父は小学生の私に話してくれた。

 子どもの頃は夏が来ると、気が重かった。だが、今となっては得難い経験だったと思う。ネットやテレビで見る戦争は、どんなに心痛めても遠い世界のことだ。それでも親しい人たちが苦しめられた事実を知れば、身近になる。父は亡くなり、直接聞くことはなかったが、式典で放つ鳩をどういった気持ちで見ていたのだろう。

 中国短編文学賞の高樹のぶ子さんの選評で、世界の紛争について触れられていた。小説に戦争は出てこないが、無意識に積み重なった思いをくみ取っていただけたのかもしれない。 (第55回中国短編文学賞大賞受賞者=広島市)

(2023年7月14日朝刊掲載)

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