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連載・特集

緑地帯 小桜けい 種を置く④

 伝書鳩レースは雨が降ると中止になる。戻る方向が分かりにくかったり、猛禽(もうきん)類に遭遇したりと悪条件なのだろう。無理に飛ばしても、戻ってこないと元も子もない。

 小説が書けない時期があった。師事していた先生が亡くなった後のことだ。書くのをやめると筋肉と同じで、力は衰える。教えていただいたことを無駄にしてはいけないと、焦るばかりだった。

 だが、何もしなかったわけではない。一時期、実家の小鳥専門店の宣伝にと、ブログを毎日、公開した。家にいる小鳥たちを観察したり、触れ合ったりする様子をリポートしたのだ。見たまま書いても面白くないので、勝手に鳥の気持ちを代弁したり突っ込んだりと、読んでもらうために工夫した。ネタ探しに奔走し、鳥についての調べ物もした。思えば小説を書くための事前準備に似ている。

 ありがたいことにブログを読んで、来店してくれる人が増えた。反応があるとうれしいのは、小説と同じだ。

 実家を離れてから、毎日、ブログを書くことはなくなった。それでも、不思議と何かと書く縁があった。頼まれて能の謡を子ども向けの物語にしたこともある。いつしか頭の中で物語の種が眠っていることに気付いた。

 昨年から再開したが、小説用の筋肉は明らかに衰えていた。一枚書くにも息絶え絶えだ。それでもぎこちなく筋肉を動かしながら、短編を書き上げた。中国短編文学賞に初めて応募し落選したが、書き上げたときの爽快感は、次への原動力になった。 (第55回中国短編文学賞大賞受賞者=広島市)

(2023年7月11日朝刊掲載)

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