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連載・特集

緑地帯 小桜けい 種を置く①

 伝書鳩(でんしょばと)を実家で飼っている。

 という話をすると、大抵の人は面白がってくれる。それならば物語にすれば興味を持ってもらえるのではないか。伝書鳩の話を書こうと思ったきっかけは、そんな少々計算高い思惑もあった。

 ところが物語が動かない。子どもの頃から聞かされていた山のようなエピソードが、物語と結びついていかない。書きあぐねた挙げ句、結局、諦めた。

 昨年、久しぶりに小説を書いた。伝書鳩の話ではなかったが、中国短編文学賞に応募し、見事に落選した。納得の不出来だったが、逆に気持ちがすぐ次に向いた。今回、賞をいただいた「カラスの埋葬」は、伝書鳩がモチーフになっている。しかし、鳩レースが主役の話ではない。

 初めはレースについて書こうとしてつまずいたが、そのうち鳩を実際に育てていたのは父と兄で、私には実感という手触りがないせいで書けないのだと気付いた。

 だが、カラスの模型が物干し竿(ざお)にぶらさがり、それを見るのが怖いという体験は自分のものだ。手掛かりがあれば、物語は生まれる。

 私にとって小説を書くという行為は、物語の塊をこつこつと彫り出していく作業だ。地道でとてつもなく面倒な作業。しかも、嫌な記憶や感情まで彫り出される。楽しいばかりではないが、世界が浮き上がってくるのは面白い。

 手掛かりを見つけたら、いつか伝書鳩レースの世界を真正面から書いてみたい。 (こざくら・けい 第55回中国短編文学賞大賞受賞者=広島市)

(2023年7月6日朝刊掲載)

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