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連載・特集

緑地帯 小桜けい 種を置く⑧

 少し前、中国短編文学賞の贈呈式に出席した。光栄でとてもうれしいことだが「受賞者あいさつ」という難関が待っていたので、ずっと緊張していた。

 小説を一人でコツコツ書くのは、日陰の作業だ。そんな作業を好む私にとって、日の当たる場所に出て壇上に立つというのは、恐怖ですらある。もともと表に立つのも話すことも苦手で、できることなら目立たずひっそりと誰にも気付かれずにいたい。という思いと、コツコツ書いたものを読んでほしいという思いは相反する。つまり、読まれるとうれしいが、猛烈に恥ずかしい。自意識過剰である。

 では、なぜ書くのか。頭の中にある物語を外に出したいのがひとつ。それから普段、言葉にできなくてもどかしいもやもやとした何かを、見える形にして提示したいのだ。だが、提示したところで答えが出ることは、ほとんどない。そんな話を人が読んで面白いだろうか。解決しない話は、誰かの心に届くだろうか。いつも迷っては、物語の終わりを決めかねた。

 贈呈式の後、高樹のぶ子さんとの座談会が行われた。解決しない物語について尋ねたとき、高樹さんは「種を置く」という表現をされた。問題の種を置き、読者に委ねるのだと。

 これからも種を置き続けようと思う。そのうち誰かが水をやり、芽吹かせてくれるかもしれない。鳥に種をのみ込まれて、遠くに運ばれてもいい。

 誰かに種を見つけていただけるよう、どんな形でも書き続けていきたいと思う。 (第55回中国短編文学賞大賞受賞者=広島市)=おわり

(2023年7月15日朝刊掲載)

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