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社説・コラム

社説 露の穀物合意離脱 世界の食料危機招く暴挙だ

 世界への食料供給を駆け引きの材料にし、戦況を有利にしようという暴挙は許されない。

 ロシアが、ウクライナ産の穀物を黒海ルートで輸出する合意から離脱した。国連とトルコの仲介で、ロシアが民間貨物船の安全航行を保証する合意が成立し、侵攻5カ月後の昨年8月、輸出を再開していた。

 ウクライナは世界有数の穀物輸出国である。流通が滞れば価格が高騰し、食料危機を招きかねない。欧米などから非難が相次いだのは当然だろう。

 とりわけアフリカや中東の貧困層への影響は看過できない。先月、南アフリカなどアフリカ7カ国の首脳らがロシアを訪れてプーチン大統領に早期停戦を求めたのは、途上国にとって死活問題だからだ。自らの手法を国際社会がどう見ているか、そろそろ省みるべきだ。

 国連のグテレス事務総長と、トルコのエルドアン大統領は復帰を働きかける意向という。エルドアン氏はプーチン氏と直接会談をする間柄だ。輸出体制を堅持できるよう努めてほしい。

 ロシアは離脱の理由として、国連との覚書でロシア産の食料と肥料の輸出促進が約束されながら、欧米の経済制裁で実現していないと主張した。

 しかし穀物や食料の輸出は制裁の対象ではない。しかも、友好国への穀物輸出は侵攻前より増えている。主張に根拠がなく、理解しがたい。

 そもそも輸出が滞る責任は、自らの侵攻で安全航行を困難にしたロシアにある。ウクライナから撤退すべきだ。非難の矛先をかわそうと国際社会を揺さぶるやり口は言語道断である。

 輸出合意は3回の延長を重ねたが、ロシアはそのたびに身勝手な要求を突き付けてきた。今回は延長の条件に国際決済のネットワーク「国際銀行間通信協会(SWIFT)」へのロシア農業銀行の復帰を求めてきた。合意の離脱時は、覚書が守られれば戻るともちらつかせた。

 経済制裁の緩和を狙っているのは明らかだ。プーチン氏はこれまでも、途上国や新興国に対して「食料危機は欧米の制裁が原因」と、責任転嫁する宣伝を繰り返してきた。欧米は安易に要求に応じてはならない。

 ウクライナは小麦、ヒマワリ油、トウモロコシの輸出量がいずれも世界の上位だった。輸出合意から1年近くで、40カ国以上に計約3300万トンを輸出。侵攻後に跳ね上がった食料価格を抑える効果がみられた。アフリカ諸国などに対する食料援助向けの小麦は昨年、ウクライナ産が半数以上を占めた。

 これほどに輸出の確保は重要だ。代替の陸上ルートの強化を支援したい。ウクライナはロシア抜きで黒海ルートの輸出を続ける構えだが、航行の妨害を避けるのは困難が予想される。

 日本にとって食料危機は人ごとではない。小麦や農業用肥料は輸入に依存する。ウクライナ産を購入してないとはいえ、国際的な価格高騰のあおりで食料品は値上がりし、家計を圧迫している。ロシアの離脱で、さらに深刻化することもあり得る。

 一過性ではない課題であるとも認識したい。侵攻でウクライナは農地に地雷を埋められ、ダムなどインフラも破壊された。影響が長期化するのは必至だ。各国と結束して、食料危機に立ち向かう必要がある。

(2023年7月20日朝刊掲載)

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