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14歳のひろしま 3部作完結 中澤晶子さん新著「いつものところで」 記憶の継承へ「大事なのは日常」

 広島市東区の児童文学作家・中澤晶子さんの新著「いつものところで」が、汐文社(東京)から刊行された。広島を訪れる修学旅行生を主人公にした「ワタシゴト 14歳のひろしま」シリーズ3部作が、これで完結となる。(森田裕美)

 「結局、大事なのは日常。いつもの場所に戻ってからどう取り組むか」。中澤さんは新著に込めた思いを語る。今回も主人公は14歳の中学生。本作では、広島で被爆の実情に触れた彼ら彼女らが、地元の横浜に帰ってからを描く。

 テーマが「継承」であることは、前作、前々作と変わりない。原爆がもたらした悲惨を肌感覚で語れる人がますます少なくなる中、遠い昔の出来事にどうやって近づくことができるのか―。今どきの14歳が、等身大で模索しながら「記憶」を受け継いでいくお話だ。

 2020年刊の「ワタシゴト」で生徒たちは原爆資料館(広島市中区)の遺品と向き合い、21年刊の「あなたがいたところ」では広島市内に残る被爆建物や遺構を歩き、五感で「あの日」に迫った。本作が前2作と異なるのは、生徒たちが、「表現」という次の行動に一歩を踏み出すところだ。広島で受け取った「声」を自分の言葉に落とし込み、それぞれの手法で表現し伝えようとする姿が生き生きと描かれている。

 地域に暮らす被爆者の語りに耳を傾け、ある生徒は絵に、ある生徒は歌にする。手芸部員は被爆前の女学生の制服を復元し、演劇部員は世界のヒバクシャに目を向けて朗読劇にする。

 生徒たちは体を動かしながら、78年前にも確かにあった日常を知り、それが突然奪われた理不尽さや悲しみを追体験する。遠い昔の戦争も、日常の積み重ねの上にあると実感する。身近な出会いを通し、自分が生まれる前のコソボ紛争やイラク戦争、そこで使用された「放射能兵器」とも呼ばれる劣化ウラン弾の問題にも目を向ける。現在と過去・未来が結びついていく。

 いずれも物語の中で固有名詞は出されないが、読んでいると、被爆地の同様の取り組みが頭に浮かぶ。中澤さんが広島で暮らしながら見聞きしてきた多様な「声」がベースにある。生徒たちのリアルな描写も、被爆地にやって来る修学旅行生を四半世紀以上にわたって支える活動をしてきた中澤さんならではだろう。

 前2作はロシアのウクライナ侵攻前の作品。今回は現在進行形の戦争の中での執筆となった。「同じ地球上で戦争が起きている今、原爆という出来事をピンポイントでなく、歴史の中に位置づけて考えてほしい。世の中で起きていることで自分と関係ないものなんて何もないのだから」と中澤さん。それは子どもだけでなく、大人にも向けられたメッセージといえる。

 人ごとでなく「私」の問題としてどう捉えるか。それをどう未来に「渡し」ていくか。シリーズ名に込められた思いは、本作でも変わらない。四六判、168ページ。1760円。

(2023年7月22日朝刊掲載)

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