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社説・コラム

天風録 『森村誠一さん』

 戦争の世紀といわれた20世紀。その最後の年、被爆者を悼む夏の広島に作家森村誠一さんの姿があった。核廃絶はもちろん普遍的な平和を願い、加害の歴史も歌い継ごうとする被爆地市民の取り組みを見守るためだ▲細菌戦へ生体実験を重ねた旧日本軍731部隊を告発する合唱組曲「悪魔の飽食」。同名ノンフィクションを書いた森村さんが歌詞を手がけた。幼子を抱くロシア人の母親を殺害する場面などが、重く悲しく歌われる▲全国各地で市民が鎮魂の声を合わせた。広島では再演もされる。社会派ミステリーで知られた作家は、反戦の思いも強かった。原体験は終戦の日未明、埼玉県で熊谷空襲に遭い、目にした地獄という。幅広い作品で人間の闇に迫って半世紀余り。訃報が届いた▲ベストセラー「人間の証明」は人気俳優を起用して映画化されるや、大ヒット。流行語にもなったキャッチコピーが思い出される。エンターテインメント作品のほか、護憲や非核を訴えた「日本国憲法の証明」もある▲晩年、老人性うつ病に苦しむが、エッセー「老いる意味」で生き方を明るく指南してくれる。人間への厳しくもやさしいまなざしのある作品を読み継いでいきたい。

(2023年7月26日朝刊掲載)

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