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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 近代日本の軍拡に学ぶ 防衛費増に歴史の教訓生かせ 明治大教授 山田朗さん

 日本の陸海軍は明治以降、膨張を続け、太平洋戦争で破局的な敗戦を迎えた。その過程を軍事史の視点で検証してきたのが明治大文学部教授の山田朗さん(66)だ。岸田政権が進める防衛費大幅増の動きが重なって見えるという。歴史の教訓を現代にどう生かせばいいかを聞いた。(論説主幹・岩崎誠、写真も)

  ―防衛費を巡る現在の状況をどう考えていますか。
 5年間で43兆円という防衛費の額が先に出たのは、おかしいと思います。国内総生産(GDP)の2%という数字が世界標準のように語られますが、北大西洋条約機構(NATO)が加盟国に目標として掲げるのは事実としても達成するのは31カ国のうち10カ国で、米英のほかは経済のパイが小さい国が多いのです。何のために増やすのかという理念がないまま枠だけを拡大するのは、やはり危うい。

 見るところ総花的に防衛費を肥大化させ、特に正面装備に偏重した「見せる軍備」の発想になっています。それでは相手に直接の脅威を与えてしまう。情報収集と分析を、もっと強化しなければなりません。自分で判断できる情報を得るという基本が充実しないなら、要は判断するのは米国になるからです。

  ―やみくもに拡大を続けた歴史への反省がない、と。
 過去の教訓を生かすことが今こそ大切です。ゼロ戦で考えてみましょう。1930年代、日本海軍に航空主兵論が芽生えます。世界的な航空技術の革新と重なった上に日中戦争(37年開戦)で臨時軍事費が増え、膨大な開発費が投入されてゼロ戦は誕生しました。しかし性能が従来の戦略をはるかに超えたために危険な冒険主義が沸いて出ます。こういう兵器があれば何でもできると。つまるところ、それが真珠湾攻撃(41年)です。

  ―今を重ね合わると…。
 気になるのは敵基地攻撃能力の主体となるスタンド・オフ・ミサイルです。性能を向上させて長距離射程になれば「足の長い兵器が手に入るから、それに合わせて抑止力を高めよう」との発想になります。新しいミサイルは「島嶼(とうしょ)防衛用」とうたっていますが、南西諸島に配備すれば最前線から相手の奥深く狙えるために緊張が高まります。相手も対抗し、こちらもまた対抗して際限なき軍拡が続くでしょう。こうした兵器を持つこと自体の是非が、まず議論されなければなりません。

  ―敗戦に至るまで、そうした議論は乏しかったのですか。
 日露戦争(04年開戦)後、陸軍と海軍が「敵同士」としてフル回転し、国防に何が必要かというより、自分たちの勢力を維持するため予算を取ることが中心になります。無理な戦略を立て、世界の軍事大国である米国には海軍、ソ連には陸軍が備える建前を掲げるのです。そして、いったん決めたら予算獲得のために突き進む。軍部と官僚制の確立により、そういうことが起きてしまいました。

  ―戦前には日本も軍縮を迫られたことがありました。
 ワシントン(22年)、ロンドン(30年)と海軍軍縮条約を結びますが、失敗します。軍縮をベースに列強との協調という路線が選択肢としてありましたが日本は破り、英米に抑え込まれたと見なして大軍拡につながります。もし協調路線のまま進んでいれば、と思います。

 現代においても軍備増強を進める国には軍縮の提起が大事です。仮に台湾海峡で有事があれば日本は必ず巻き込まれ、武力で対抗すれば、どんどん悪い方向に行きます。いかに武力による解決をしなくて済む方法がないか考える必要があります。

  ―過去の話ではない、ということですか。
 日本の防衛費は、既に「軍拡期」に入っています。何となく増やした方がいいと感じる人も多い。ただ国民の冷静な監視下に置かれていない点は、戦前の軍国主義の下でも日本国憲法の下でも共通します。いま軍事と非軍事の境界線が引きにくくなっていて、例えば軍事用にも使われるドローンです。そうした状況の中では国民徴兵制は無理としても、防衛費増に見合う人材を民間からどんどん動員することは、十分にあり得ます。だからこそ日本人はもっと知識を備えるべきでしょう。

やまだ・あきら
 大阪府生まれ。愛知教育大卒。東京都立大大学院博士課程単位取得退学。1999年明治大文学部教授、2010年同大平和教育登戸研究所資料館初代館長。日本近現代軍事史が専門で、歴史教育者協議会委員長。新著に「昭和天皇の戦争認識」。

■取材を終えて
 明治大生田キャンパス(川崎市)には日本陸軍が毒物研究や生物兵器開発、偽札製造など秘密戦の拠点とした登戸研究所の遺構が残る。その歴史を伝える資料館開設に尽力した山田さんが軍拡と科学が結び付く危うさを説く言葉は説得力がある。

(2023年7月26日朝刊掲載)

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