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社説・コラム

社説 [地域の視点から] 被服支廠 全面保存へ 価値生かす道考えよう

 広島市内最大級の被爆建物という価値を持つだけではない。軍都の歴史を今に伝える「証人」でもある。貴重な旧陸軍被服支廠(ししょう)の全4棟保存に向け、ここに来て大きな動きが出てきた。所有者である広島県と国は、取り組みを加速しなければならない。

 まずは国の重要文化財(国重文)への指定を急ぎたい。必要な調査は、県所有の3棟については終わっている。ただ、国所有の1棟は手つかずで遅れが懸念されていた。

 7月半ばにようやく、永岡桂子文部科学相が「4棟セットでの国重文指定が妥当だ」との考えを示したという。一日も早い全棟指定を目指して、残る1棟の迅速な調査が求められる。

 被服支廠は、軍服や軍靴、軍帽など兵士が身に着ける物の生産や修理、保管、供給のための施設である。広島市南区には、赤れんが3階建ての倉庫4棟が、L字形に並んで現存している。いずれも110年前に建てられた国内最古級の鉄筋コンクリート建築物だ。陸軍の施設や軍需工場が集積していた軍都広島の遺構としての価値に加え、建物そのものにも価値がある。

 爆心地から約2・7キロの所にあり、原爆投下の直後から臨時救援所として、傷ついた多くの被爆者を受け入れた。息絶える人も多く、惨状は原爆詩人の峠三吉が「倉庫の記録」に、つづっており、文学的な価値もある。

 こうした歴史を経た被服支廠は戦後、1995年ごろまでは広島大の寮や校舎、民間企業の倉庫として使われていた。しかし、その後は活用策を巡って迷走を繰り返す。瀬戸内海文化博物館や、ロシアのエルミタージュ美術館の分館が構想されたが、いずれも実現しなかった。

 2019年、県は「1棟外観保存、2棟解体」構想を打ち出す。理由として、耐震化工事に3棟で計約100億円かかるとの試算や、近隣住民の安全対策を挙げていた。

 しかし全面保存を求める声が広島市や住民から噴出し、県は方針を転換、全棟保存への道を開いた。当然だろう。

 多様な価値をどう生かすかが次の課題となる。県の有識者懇談会は今年3月、「活用の方向性」を盛り込んだ報告書をまとめた。交流の促進、平和学習、広島体感―の三つを示している。ただ、具体的には、図書館や平和資料館、ホテルなど、県民参加のワークショップで出たアイデアを例示するにとどまっている。

 国民全体の財産として認められる国重文になれば、活用面での制約も加わるだろう。さまざまな価値を生かす道は何か。私たちも含め、オール広島で知恵を絞りたい。

(2023年8月1日朝刊掲載)

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