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悲しみの短歌 英訳し歌集に 広島原爆で夫と次男失った故河野英子さん 次女たちが60首 10日に松江で出版会

 松江市育ちでカナダ在住の河野優三枝さん(79)たちが、広島原爆で夫と次男を亡くした母英子さん(1995年に83歳で死去)が家族を失った悲しみなどを詠んだ短歌を英訳し、歌集「原爆の歌」として刊行した。10日、松江市の県民会館で出版会を開く。

 優三枝さんたちよると、英子さんは浜田市で寺院を営む家に生まれ、短歌をたしなんだ。結婚後、広島市に移住。戦時中は次女優三枝さんたち子ども3人と浜田市に疎開していた。

 原爆投下後の45年8月16、17日、広島市に残していた家族を捜しに市内へ。夫の通利さん(当時42歳)は亡くなり、次男の宏臣(ひろみ)さん(同12歳)の遺体は見つからなかった。

 「広島の夜の色彩に放つりん青々と人のたましひが燃ゆ」「累々と死体重なるその前にむしろ敷きつめ誰も眠りぬ」…。英子さんは被爆の惨状を表現した60首を詠み、67年に出版した歌集「路」の巻末に収めた。

 松江市で料理店を営むなどし、4人の子どもを育てた英子さん。60首について家族に話すことはなかったというが、73年にカナダに移住した画家優三枝さんが短歌の翻訳を決意した。「外国人にも原爆の恐ろしさ、戦後の家族の歩みを知ってもらいたい」。10年以上かけ、カナダで知り合った詩人の協力で英訳した。情感を損なわない言葉選びに心を砕いたという。

 歌集には、優三枝さんの娘愛子・デイさん(49)と、被爆しながらも生き残った、英子さんの長男稠果(しげみ)さん(92)の手紙のやりとりも掲載している。

 優三枝さんは6日、広島市である平和記念式典に初めて参列の予定。出版会では英語と日本語で短歌を朗読する。歌集は100部を販売。149ページ。2750円。(寺本菜摘)

(2023年8月1日朝刊掲載)

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