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被爆者思い大江さん推敲の跡 被団協に寄せた89年直筆書面 個々の体験「普遍的」

 3月に88歳で亡くなったノーベル文学賞作家の大江健三郎さんが1989年に日本被団協へ寄せた直筆書面に、30カ所の推敲(すいこう)の跡が見つかった。被爆者に寄り添い、入念に言葉を選んだ様子がうかがえる。個々の被爆体験を「普遍的」と評し「核兵器の圧制のもとにあるすべての人類に向けて、個の塊にかたりかける声」と表現している。(中川雅晴)

 書面は、被団協が89年11月に発行した機関紙に載せた内容の原本だ。封筒の消印から同年8月に郵送したとみられる。被爆者運動の記録を収集、整理するNPO法人「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」(東京)がさいたま市の書庫で保管していた。

 「世界の人間仲間へ向けて書く」と題した書面は、B4判の原稿用紙2枚。原爆の悲惨さを知っていると主張する政治家を含む国民に対し「むしろ一般の日本人は、被爆者を孤立させ、差別し、見棄ててさえきたのではないか」と記す部分では、初稿に「さえ」と挿入し、被爆者援護が進まない実態に怒りをにじませている。

 被爆者が老いて孤立する苦しみについては「大きい」との3文字を加えた。被爆者の体験談が「そのまま普遍的な表現となっている」と、「そのまま」を入れるなど証言を重んじる姿勢が見える。

 その上で被爆者の声を届ける相手は「核体制のもとにあるが、核によって死にたえることを拒否する、真に人間仲間である世界の人びとである」と結んだ。この一文には「世界の」を追加するなど計7カ所を修正。被爆者の思いを国際社会に訴える重要性を強調した。

 日本被団協事務局次長で、母の胎内で被爆した浜住治郎さん(77)=東京都稲城市=は「何カ所も修正して被爆者運動に丹念に伴走してくれたことがよくわかる」と指摘。内容も改めて「今の時代に通じる重みがあるメッセージ」と受け止めている。

(2023年8月2日朝刊掲載)

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