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社説・コラム

社説 防衛白書 安保政策転換の説明足りぬ

 2023年版防衛白書は、昨年12月に改定した国家安全保障戦略など安保関連3文書の中身を詳述した。つまり政府が大転換させた安全保障政策の説明が最大の特徴だ。

 専守防衛を変えないというが、本当か。なぜ防衛費を、米国と中国に次ぐ世界3位にまで急増させるのか。懸念を強める国民の疑問には、十分に答えていない。

 白書は中国、ロシア、北朝鮮の軍備増強を巻頭で特集し「戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している」と強調した。防衛力強化は正当だと訴える狙いだろう。

 日本周辺の東アジアで、特に軍事上の情勢が悪化したのは、その通りである。しかし、岸田政権の描く処方箋が適切なのかを問いたい。

 言うまでもなく安全保障政策は防衛力のほか外交、経済力、情報を操る力などを組み合わせて考える。これから日本の安全をどうやって守るのか。白書を読めば読むほど、国民の前で議論を尽くしていないとの危機感が募る。

 わが国はこれまでは憲法9条に基づく平和国家として、他国に軍事大国化への疑念を抱かれぬよう努めてきた。

 ここ十数年、自公政権が力を入れてきたのは抑止力の強化だ。集団的自衛権の行使について憲法解釈を変更して容認し、15年に安全保障関連法を成立させた。ロシアのウクライナ侵攻をてこに22年には安保関連3文書を改定。防衛費を急増させ、27年度までの5年間に総額約43兆円を投じる方針も決定した。

 最たるものは、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有である。高度化するミサイル攻撃を従来の防衛網で防ぐのは難しくなりつつあり、他国領域の基地などを破壊する能力が要るとの理屈だ。既に、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」をはじめ攻撃用の武器を装備する手はずを整えた。

 だが政権が言い切るように「抑止力の向上」になるかは未知数だ。日本の防衛力強化を、中国をはじめとする東アジア諸国がどう受け止めるかは相手次第だ。意思疎通を重ねる外交努力が足りない現状で防衛費を突出させることは、かえって軍備増強をエスカレートさせる恐れがある。リスクを高めかねない。

 さらに理解し難いのは「専守防衛は変えない」との説明だ。集団的自衛権を容認し、海外で武力行使はしないという歯止めをなくしただけではない。他国の領域を直接、ミサイルで攻撃できる力を持つならば、もはや他国の軍隊と変わりがない。中身を変えて「専守防衛」と唱えても説得力があるだろうか。

 敵基地攻撃能力を巡る世論調査で、周辺国との軍拡競争につながるかを尋ねると59%が「つながる」と答えた。専守防衛の今後には53%が形骸化への懸念を示した。敵基地攻撃能力の保有で生じるリスクの議論を国会で尽くし、それでも保有を選ぶかを国民に真正面から問うべきだろう。

 政権は、安全保障政策の大転換をごまかさずに説明し、判断材料をきちんと示さねばならない。国民の理解を得ずに機能するとは思えない。

(2023年8月4日朝刊掲載)

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