×

連載・特集

ゲンと私と 「はだしのゲン」連載開始50年 <4> 京都精華大の吉村和真教授に聞く

子ども熱中 傑作の少年漫画

当時を生きた人の心 考えて

 半世紀もの間、子どもたちに読み継がれてきた漫画「はだしのゲン」。原爆の悲惨さに加え、戦後の広島をゲンがたくましく生きる姿は読者の記憶に刻まれている。世代を超えて今なお受け入れられる理由はどこにあるのだろうか。ゲンに関する著書がある京都精華大(京都市)マンガ学部の吉村和真教授(51)に聞いた。(山本真帆)

 はだしのゲンは「原爆漫画」と捉えられがちですが、少年漫画として純粋に面白い傑作です。周囲の大人や納得のいかない出来事に立ち向かい、家族や仲間を失いながらそれでも助け、助けられて成長していきます。子どもたちは面白くないと読みませんよ。漫画としての魅力があるからこそ熱中します。

 熱血で勇敢、時には深刻さを笑い飛ばすユーモアもあるのがゲンです。亡くなった作者の中沢啓治先生には、ゲンを読んだ子どもたちからいじめ相談などの手紙が届いていたそうです。ゲンの姿に勇気づけられたからこそだと思いますね。

 年月がたてばしまい込まれる漫画の性質上、今も現役で読まれているゲンはかなり希有(けう)な存在です。少年誌での連載、単行本、コンビニコミックとさまざまな形で広がり、学校や地域の図書館に置かれていたことも大きいでしょう。

 私の通った福岡県の小学校の図書室にもゲンはありました。最初は気持ちが悪いって感じでしたね。原爆投下直後の悲惨な場面は読者の記憶にもとどまっていると思います。それは中沢先生が「原爆は怖い。戦争はしてはいけない」と感覚的に思ってもらい、あえて本を閉じたくなるように描いているからです。

 ただ、そうするとその前にあった当たり前の暮らしや、その後に続いていく生活は切り離された文脈で読まれてしまう。だからこそ、最後まで読んでもらえるようにゲンたちの姿を生き生きと描いているのです。これは「読むな」と「読め」を両立した作品なんです。

 私自身は、繰り返し戻って読むページがあります。8月5日、ゲンの家族が仲良く過ごした最後の日です。ゲンと弟の進次は模型の軍艦を翌日川に浮かべに行く約束をします。その明日はやって来ないことが分かっているからこそ、何げない日常のやりとりが泣きそうになる場面です。

 戦時中も私たちと変わらない日常があった。それは現在のウクライナにも通じるものがあります。いつだって、誰だって起こりうること。今、読み返す価値は高まっているんではないでしょうか。

 戦争漫画は戦後、一大ジャンルとなって千作以上が世に出ています。踏み込んだ戦争体験者の声を描いていいんだという基盤を築いたのは中沢先生でしょう。2000年代以降はゲンを読んで育ってきた世代の描き手が増えました。「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」のこうの史代さん=広島市西区出身=たちがそうです。

 強烈なリアリティーを描いたゲンと、繊細で柔らかなタッチの夕凪の街。ヒロシマの描かれ方は違います。どちらが作品として優れているかではありません。さまざまな作品を手に取ることは被爆地の姿や暮らしを多面的に想像する手掛かりになります。体験を語れる人が少なくなる中、戦争や原爆を知るうえで漫画の力は無視できないと思っています。

 史実としての正しさや登場人物の行動の善しあしではない。当時を生きた人たちの心情をゲンを通してそれぞれが考えることが大切だと思うのです。

吉村教授の読んでほしいこの2冊

「五時間目の戦争」 優・KADOKAWA

 5時間目が「戦争」の授業になる物語だが、描かれるのは架空の未来戦争。ただ生徒はどこで何をするかも教えてもらえない。分かっているのは国が決めた授業ということ、生きていれば空腹になること。あらがえない現実にどう向き合うか。戦争や人間のリアリティーを考えさせられる一冊。

「死闘伊江島戦―激闘下の女性たち―」 しんざとけんしん・琉球新報社

 沖縄在住の漫画家の作品。伊江島での戦闘、島の女性たちの姿が克明に描かれている。背景の陰影や着物のしわ一つ一つがすべて手描き。圧倒的な熱量の筆致から、沖縄戦の実態を伝えたいという強い思いが伝わってくる。

「はだしのゲン」 感想お待ちしています

 皆さんは「はだしのゲン」を読んだことがありますか。印象に残っている場面や登場人物とその理由を教えてください。ゲンと同じ時代を生きた方のご経験や、作品全体を通した感想もお待ちしています。ファクスは082(236)2321。LINEは「中国新聞くらし」のアカウントへ

(2023年8月6日朝刊掲載)

年別アーカイブ