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社説・コラム

社説 核抑止論と8・6 被爆地の思い受け止めよ

 核抑止論にこれほど焦点が当たった原爆の日はかつてなかったのではないか。広島市の平和記念式典で、松井一実市長と広島県の湯崎英彦知事が相次いで、核に核で対抗する安全保障政策のリスクを指摘し、そこからの脱却を世界のリーダーに訴えた。

 5月に開かれた先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)でまとめた核軍縮文書「広島ビジョン」が背景にある。「核兵器のない世界」を究極の目標としながら、核抑止を肯定する記述が盛り込まれ、批判を浴びた。

 松井市長の平和宣言は、「核による威嚇」を繰り返す為政者がいる現実を踏まえ、「核抑止論は破綻している」と強調したのが最大のポイントだろう。

 「核兵器が存在する限り防衛目的の役割を果たす」と記した広島ビジョンに反論する文脈と言っていい。平和宣言で核抑止論をこれほど明確に否定したのは異例だ。被爆者や市民団体からの要望を受けて盛り込んだ。

 もっと踏み込んだのは、湯崎知事である。こちらは式典のあいさつで毎年のように核抑止論を否定してきたが、さらに主張を強めた格好だ。

 核兵器こそが平和の維持に不可欠だとする「積極的核抑止論の信奉者」の存在が、核軍縮の歩みを遅らせていると指摘。あいさつの域を超え、「核抑止論者に問いたい」と正面から議論を挑んだのが印象的だった。「核抑止が破綻した場合に全人類の命に責任を負えるのですか」と。

 ロシアのウクライナ侵攻を巡っては、「ウクライナが核兵器を放棄したから侵略を受けているのではありません。ロシアが核兵器を持っているから侵略を止められないのです」と指摘。その構図は「予想されてきたことではないですか」と核抑止論の矛盾を突いた。まったくその通りだ。

 G7の議長国として、広島ビジョンをまとめた岸田文雄首相は、市長や知事の訴えをどう受け止めただろうか。式典でのあいさつや被爆者団体の要望を聞く場で核抑止論を巡る明確な説明はなかった。

 記者会見では、広島ビジョンに対する被爆者の批判に関する質問に、「国の安全保障を万全にし、同時に現実を核兵器のない世界という理想に近づける。このロードマップ(行程表)を示すのが政治の責任だ」と答えた。

 その一端として、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効や、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始に向けた取り組みを挙げた。ともに重要ではあるが、CTBTは米国などが署名していない。FMCTも発効に相当な時間がかかる。目の前の危機に対応できるものではない。

 核兵器を取り巻く厳しい状況を乗り越えるには、核廃絶しかない。日本がそこに貢献する一番の近道は核兵器禁止条約の締約国になることだ。松井市長は平和宣言で、まずは11月に米ニューヨークである第2回締約国会議にオブザーバー参加することを求めた。当然であり、その上で一刻も早く批准すべきだ。

(2023年8月7日朝刊掲載)

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