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社説・コラム

天風録 『いわたくんちのおばあちゃん』

 78年前の8月5日の撮影とされる家族写真。広島の繁華街に近いお茶屋さん一家6人が郊外に疎開する直前だった。みんなおめかしして、真面目な顔でカメラを見つめている。でも写真を見ることができたのはただ一人だった▲故・綿岡智津子さんは原爆によって両親と妹3人を亡くした。絵本「いわたくんちのおばあちゃん」は、智津子さんの悲しみを受け止める3世代の物語である。長女の岩田美穂さんの講演をきのう、広島市内で聞いた▲あの日から年月がたとうとも、孫が誕生しても、智津子さんは家族と写真に撮られるのを嫌がった。「一緒に写った誰かが死んでしまうのでは」と。岩田さんは静かに訴えた。大切なものを一瞬で奪う原爆の恐ろしさ、戦争をしない努力の大事さを▲絵本は市教委の平和教材に引用された。代わりに漫画「はだしのゲン」が削除され、波紋が広がる。二つの物語は今と地続きのはず―と岩田さんは思う。ゲンの作者中沢啓治さんは絵本の舞台となった本川小の卒業生▲絵本で6年生だった孫の「いわたくん」は市内の中学校の先生になった。登校日のきのう、家族の大切さと平和について生徒と考えた。バトンはつながっている。

(2023年8月7日朝刊掲載)

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