×

ニュース

「ねずみくんのチョッキ展」に寄せて 所ふたば 身の回りにある ささやかな幸せ

鉛筆の濃淡使い分け描く

 現在、東広島市立美術館では、特別展「誕生45周年記念 ねずみくんのチョッキ展 なかえよしを・上野紀子の世界」を開催している。

 日本大芸術学部の同級生だった作家・なかえよしを(1940年~)と画家・上野紀子(1940~2019年)は、それぞれ広告会社のデザイナーとイラストレーターを経て絵本作家になった。夫婦でもある2人は、1973年にニューヨークの出版社ハーパー・アンド・ロー(のちにハーパーコリンズに社名変更)から「ELEPHANT BUTTONS」でデビューした。これまで共同作業によって生まれた作品は200冊以上に上る。

 当館では、82年から現代絵本作家と作品の魅力を広く紹介することを目的に「現代絵本作家原画展」を開催しており、上野紀子は83年の「第2回現代絵本作家原画展」で紹介したゆかりのある作家だ。

 今回の展覧会は、世代を超えて愛される「ねずみくんの絵本」シリーズの原画や関連資料を中心に、「ちいちゃんのかげおくり」やシュールレアリスムの油絵「少女チコ」シリーズの作品なども展示している。

 シリーズ39冊(2023年7月時点)となる「ねずみくんの絵本」の始まりは、1974年に刊行された「ねずみくんのチョッキ」だ。10本ほどの鉛筆の濃淡を使い分けて描かれたモノクロの絵や、最小限の文章、余白を生かした構図は多くの子どもたちの心をつかんでいる。

 「ねずみくんの絵本」の物語は何げない日常の中で繰り広げられる。例えば「ねずみくんとおんがくかい」は、音楽会が題材だ。ペンギンさんに音楽会でトランペットを吹いてほしいと頼まれたねずみくんだが、小さな体では吹くことができず、代わりになる楽器を探すもなかなか見つからない…。ねずみくんのように困難に直面したとき、諦めてしまいたい気持ちになることがあるだろう。しかしこの絵本は、誰にでも個性や長所を生かすことのできる場所があることを教えてくれる。他者や自分を認め個性を尊ぶことは「ねずみくんの絵本」シリーズの持つ大切なメッセージだ。

 このような日常を過ごすことができるのは平和の証拠でもある。小学校の教科書にも掲載された「ちいちゃんのかげおくり」は、文章を児童文学作家・あまんきみこが、絵を上野紀子が担当した。一つ一つの場面が鉛筆やパステルで思いを凝らして描かれているこの作品は、戦争の不条理さと平和の尊さを今に伝えている。

 さまざまな問題を抱える現代を生きる私たちは、日々の課題ばかりに注目し、生きる喜びを失いつつあるのかもしれない。なかえよしをと上野紀子の作品は、ねずみくんの視点で、自分の身の回りにあるささやかな幸せを発見し、感動する豊かさに気付かせてくれる。ねずみくんと共に歩んできたそんな2人の世界を、今だからこそご覧いただきたい。 (東広島市立美術館学芸員)

    ◇

 「ねずみくんのチョッキ展」は中国新聞社などの主催で、9月24日まで。月曜休館(9月18日は開館、翌19日は休館)。

(2023年8月10日朝刊掲載)

年別アーカイブ