[歩く 聞く 考える] 反戦の美術を見る 悲惨さ思い 繰り返さぬために 京都精華大大学院特任教授 岡田温司さん
23年8月16日
戦争がいかに悲惨なものか―。広く伝えようと人間はさまざまな形で表現してきた。絵に描いた画家たちもいる。被害規模や兵器の威力が大きくなるにつれ、表現は強く、多様になった。どのような問題意識で表現してきたのか。京都精華大大学院特任教授の岡田温司さん(68)が近著「反戦と西洋美術」(ちくま新書)でたどっている。反戦美術とは何か、メッセージとどう向き合うべきかを聞いた。(論説委員・田原直樹、写真も)
―戦争の惨禍を表現したものが反戦美術なのですか。
反戦美術という明確なジャンルがあるわけではありません。というのも、作者の意図とは別に、戦争の悲惨さなどを見る側が読み取れる作品もあるからです。
―反戦の訴えを感じさせる絵はいつごろ登場しますか。
例えば17世紀のルーベンスが早い例だろうと思います。神話が題材の大作「戦争の結果」に勇猛な軍神と、止めようとする女神らが見えます。三十年戦争のさなかであり、惨状をルーベンスが寓意(ぐうい)的に描いたことが読み取れます。
―当時の画家は権力者の注文で描いたのでしょう。
それまでの戦争画は、勝利者側が敵を破る自軍の活躍や凱旋(がいせん)を描く絵ばかり。でもルーベンスは注文主のご機嫌を伺うことなく、戦争の本質を描き込んだようです。
―他の画家は。
版画家カロは兵士の殺し合いや傷つく農民をストレートに描きました。社会の下層に目を向けた作家で、ルポルタージュ的な作品と言えます。版画なので大勢が見たと思われる点でも意義深い。また、ゴヤはナポレオン軍による市民の銃殺などを題材にします。見るに堪えない光景もあえて作品にし、戦争の恐怖や不条理を告発したのです。
―第1次世界大戦では芸術家も戦場に駆り出されます。
塹壕(ざんごう)戦で毒ガスも使われた総力戦です。心身に傷を負って戻った画家が戦場の実態を描きます。新しい芸術運動による表現も登場しました。
―著書で紹介された顔面負傷兵の絵は特に強烈です。
顔の一部が欠けた兵士の肖像は、見るも痛ましい。向かい合ってスケッチする画家自身、恐怖や嫌悪感まで抱いたのではないか。
それでも画家が描いたのはなぜか。同じことは、第2次世界大戦でアウシュビッツなどホロコーストの実態を描いた連合国の従軍画家にも言えます。どの絵も目を覆いたくなる光景を描いています。強制収容所から生還できたユダヤ人画家の絵もあります。
―その頃、日本の画家で反戦美術を描いた人は。
藤田嗣治の「アッツ島玉砕」などはむごたらしく、戦争の悲惨を訴えたように見ることもできますが、本人の意図は分かりません。美術作品はマニフェストやプロパガンダではなく、いろんな受け取り方ができる曖昧さを持つ。それが言葉と違う絵画、イメージの特徴です。
興味深い従軍画家に鳥取ゆかりの小早川秋聲(しゅうせい)もいます。
―日の丸が掛けられた兵士の遺体の絵が知られます。
戦争の現実を目にしたが、従軍画家として生きねばならず、ストレートには描かず、極限にまで抑えて表現しています。見る人に感じさせ、考えさせるのが美術。逆の反応さえ引き起こすかもしれないが、それが重要なのです。
―描かれた理由、背景も考えるべきでしょうが今は見る機会があまりありません。
逆にテレビやネットに戦争の映像やイメージがあふれ、私たちは過剰なくらいに接している時代かもしれません。残酷な場面まで見せられて―という思いと、ひどい状況にある人の現実を知らねば―という思いとがあり、私たちは揺れているのです。
―反戦美術とどのように向き合い、見るべきでしょう。
戦争を知る人や被爆者がどんどん減り、ポスト証言の時代といわれます。そこで重要なのが想像力や感性です。
写真と違い、反戦を思わせる絵は見る人によって受け取る幅が広い。想像力や感性でストーリーを想起できます。じっくり見て悲惨やむなしさを感じ、考えたいものです。
おかだ・あつし
三原市生まれ。京都大大学院博士課程修了。岡山大助教授、京都大大学院人間・環境学研究科教授などを経て現職。京都大名誉教授。専門は西洋美術史・思想史。吉田秀和賞受賞の「モランディとその時代」をはじめ、「映画とキリスト」「西洋美術とレイシズム」など著書多数。
(2023年8月16日朝刊掲載)
―戦争の惨禍を表現したものが反戦美術なのですか。
反戦美術という明確なジャンルがあるわけではありません。というのも、作者の意図とは別に、戦争の悲惨さなどを見る側が読み取れる作品もあるからです。
―反戦の訴えを感じさせる絵はいつごろ登場しますか。
例えば17世紀のルーベンスが早い例だろうと思います。神話が題材の大作「戦争の結果」に勇猛な軍神と、止めようとする女神らが見えます。三十年戦争のさなかであり、惨状をルーベンスが寓意(ぐうい)的に描いたことが読み取れます。
―当時の画家は権力者の注文で描いたのでしょう。
それまでの戦争画は、勝利者側が敵を破る自軍の活躍や凱旋(がいせん)を描く絵ばかり。でもルーベンスは注文主のご機嫌を伺うことなく、戦争の本質を描き込んだようです。
―他の画家は。
版画家カロは兵士の殺し合いや傷つく農民をストレートに描きました。社会の下層に目を向けた作家で、ルポルタージュ的な作品と言えます。版画なので大勢が見たと思われる点でも意義深い。また、ゴヤはナポレオン軍による市民の銃殺などを題材にします。見るに堪えない光景もあえて作品にし、戦争の恐怖や不条理を告発したのです。
―第1次世界大戦では芸術家も戦場に駆り出されます。
塹壕(ざんごう)戦で毒ガスも使われた総力戦です。心身に傷を負って戻った画家が戦場の実態を描きます。新しい芸術運動による表現も登場しました。
―著書で紹介された顔面負傷兵の絵は特に強烈です。
顔の一部が欠けた兵士の肖像は、見るも痛ましい。向かい合ってスケッチする画家自身、恐怖や嫌悪感まで抱いたのではないか。
それでも画家が描いたのはなぜか。同じことは、第2次世界大戦でアウシュビッツなどホロコーストの実態を描いた連合国の従軍画家にも言えます。どの絵も目を覆いたくなる光景を描いています。強制収容所から生還できたユダヤ人画家の絵もあります。
―その頃、日本の画家で反戦美術を描いた人は。
藤田嗣治の「アッツ島玉砕」などはむごたらしく、戦争の悲惨を訴えたように見ることもできますが、本人の意図は分かりません。美術作品はマニフェストやプロパガンダではなく、いろんな受け取り方ができる曖昧さを持つ。それが言葉と違う絵画、イメージの特徴です。
興味深い従軍画家に鳥取ゆかりの小早川秋聲(しゅうせい)もいます。
―日の丸が掛けられた兵士の遺体の絵が知られます。
戦争の現実を目にしたが、従軍画家として生きねばならず、ストレートには描かず、極限にまで抑えて表現しています。見る人に感じさせ、考えさせるのが美術。逆の反応さえ引き起こすかもしれないが、それが重要なのです。
―描かれた理由、背景も考えるべきでしょうが今は見る機会があまりありません。
逆にテレビやネットに戦争の映像やイメージがあふれ、私たちは過剰なくらいに接している時代かもしれません。残酷な場面まで見せられて―という思いと、ひどい状況にある人の現実を知らねば―という思いとがあり、私たちは揺れているのです。
―反戦美術とどのように向き合い、見るべきでしょう。
戦争を知る人や被爆者がどんどん減り、ポスト証言の時代といわれます。そこで重要なのが想像力や感性です。
写真と違い、反戦を思わせる絵は見る人によって受け取る幅が広い。想像力や感性でストーリーを想起できます。じっくり見て悲惨やむなしさを感じ、考えたいものです。
おかだ・あつし
三原市生まれ。京都大大学院博士課程修了。岡山大助教授、京都大大学院人間・環境学研究科教授などを経て現職。京都大名誉教授。専門は西洋美術史・思想史。吉田秀和賞受賞の「モランディとその時代」をはじめ、「映画とキリスト」「西洋美術とレイシズム」など著書多数。
(2023年8月16日朝刊掲載)