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平和しっかり守る 山口・島根・鳥取 遺族116人参列 戦没者追悼式

台風影響 広島・岡山は欠席

 東京都千代田区の日本武道館で15日あった政府主催の全国戦没者追悼式に中国地方からは山口、島根、鳥取の3県の遺族計116人が参列した。終戦から78年。犠牲となった親族を思い、薄れる戦争の記憶の継承を誓う一日となった。広島、岡山両県の遺族は台風7号の影響を考慮して参列を見送った。(山瀬隆弘)

 山口県の遺族を代表して献花した防府市の会社員内田記央(のりお)さん(47)は、1942年12月にニューギニアでの戦闘で命を落とした祖父の幸さんを悼んだ。家族と遠く離れた南国で、陸軍衛生伍長としての役割を不眠不休で果たそうとしていたという。

 「子どもを残して出征するのは、自分に置き換えるとつらい」と内田さん。「祖父たち戦没者が見ても恥ずかしくない日本にする。いまの平和をしっかり継続する」との思いで花を手向けた。

 島根県代表の伊藤克美さん(86)=安来市=は父の武助(ぶすけ)さんを思い起こした。44年10月、台湾とフィリピンの間の海上で乗っていた船が攻撃を受けて炎上し、退船時に亡くなった。「戦死の10日前に会った。別れ際にハンカチを振っていた姿が忘れられない」と振り返り、「戦争は駄目だと、平和は当たり前ではないと若い人に話したい」とした。

 鳥取県代表の米田寛さん(82)=伯耆町=は終戦2カ月前にミャンマーで父実さんを失った。「年齢的に東京での追悼式に出るのはこれが最後。皆さんの冥福を祈った」と話した。

 広島県代表として献花する予定だった尾道市の会社役員柿本和彦さん(60)は、自宅のテレビで式を見守った。祖父の政一さんは特殊潜航艇「蛟龍(こうりゅう)」の乗組員だった。広島県内から出撃したものの敵艦と出くわさなかった45年5月に沖縄県へ上陸。翌月に死去した。

 「私たち孫世代でも戦争への関心が薄まっている。次代へ記憶を残したい。事実を引き継ぎたい」と柿本さん。尾道遺族会の副会長を務める中、「平和に向けて何ができるかを考えていく」と力を込めた。

 岡山県代表の服部晃一さん(88)=岡山市中区=も自宅で黙とう。44年9月にフィリピンのセブ島で戦死した父良金(よしかね)さんを「戦争どころか食料の確保も難しい場所で大変だったと思う」としのんだ。

(2023年8月16日朝刊掲載)

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