×

連載・特集

NPT準備委 揺らぐ礎石 <中> 日本の存在感

薄まる軍縮 処理水を重視

総括を高評価 残せず幻に

 「私たちの作業文書として提出できないか」。11日、2026年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けたオーストリア・ウィーンでの第1回準備委員会。議長総括の取り下げを決めたビーナネン議長を囲んだ各国の代表に、日本の小笠原一郎軍縮大使が投げかけた。

 米国のシャインマン大統領特別代表(核不拡散担当)はどこか人ごとのような顔つきを変えなかった。時はすでに最終日の討議を再開する午後3時を回り、各国が調整を始めるには遅過ぎた。総括を別の形で残そうとするとっさの提案は幻に終わった。

働きかけの成果

 日本は議長総括を高く評価していた。理由の一つは迫り来る東京電力福島第1原発の処理水海洋放出に関する項目だ。「国際的な安全基準に合致する」とした国際原子力機関(IAEA)の報告書に触れ、IAEAの関連作業を強く支持するとある。一方、「汚染水」と呼び「強行はやめるべきだ」と強く反発する中国の主張は記されなかった。

 日本の働きかけの成果だった。準備委初日の7月31日に一般討論の1人目で演説した武井俊輔外務副大臣は、3分の1近くを処理水放出計画に割き、「安全に万全を期す」と強調した。ビーナネン議長や各国との折衝も水面下で進めた。今月10日に総括の草案が示されると、外交筋は「満点だ」と満足げな表情を見せた。

 ただ、軍縮外交で日本の存在感を薄める副作用を伴った。「小さくなっちゃったのかな」。準備委を傍聴した非政府組織(NGO)の関係者は、処理水に比して核軍縮の討議に注ぐ熱量の少なさを感じ取った。

橋渡し 提案なく

 準備委では核兵器禁止条約を巡り、推進する核兵器非保有国と保有国の衝突が繰り返された。総括が「禁止条約はNPTを補う」との意見を明記したのに対し、フランスは「NPTと両立しない」と断言。禁止条約を「核兵器なき世界の出口」と位置付ける日本から橋渡しをするような提案はなかった。

 日本政府は5月に被爆地広島で先進7カ国首脳会議(G7サミット)を開き、初の核軍縮に特化した文書「広島ビジョン」をまとめ、準備委の議論を活性化したい狙いもあった。だが、G7からもサミットや広島ビジョンを前面に出す議論は乏しかった。

 小笠原大使は閉幕後のオンライン記者会見で、広島ビジョンに盛り込んだ核戦力の透明性向上や兵器用核分裂性物質生産禁止(カットオフ)条約に関する「充実した議論」を成果に挙げた。慣例の議長総括さえ会議報告から消す異例の事態にも、NPT体制を重視する姿勢を堅持した。(宮野史康)

(2023年8月15日朝刊掲載)

年別アーカイブ