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連載・特集

[考 fromヒロシマ] きょう終戦の日 「心の傷」に迫り戦争リアルに

 戦争体験をトラウマ(心的外傷)の視点から検証する取り組みが、研究者や旧日本軍兵士の家族たちから広がっている。沖縄戦や原爆、空襲の被害者だけでなく、戦地に赴いた兵士たちの「心の傷」に迫ることで、殺し殺される戦争がリアリティーをもって浮かび上がる。(森田裕美)

元兵士の遺族 語り合う交流館 復員後暴力・暴言 家族もトラウマ

 〈戦争はしません〉。東京都武蔵村山市の住宅地。10平方メートルほどの小さな建物に手作りののぼりがはためく。「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」代表の黒井秋夫さん(74)が2020年に自宅脇に建てた交流拠点だ。兵士だった父・慶次郎さん(1990年死去)の情報や、旧日本軍兵士について書かれた書籍や新聞記事、寄贈された軍服などの旧軍遺品が所狭しと並ぶ。

 慶次郎さんは2度にわたる召集で旧満州(中国東北部)などに従軍した。「復員後は定職に就かずほとんどしゃべらない。無気力で孫の呼びかけにも無反応」。黒井さんはそんな慶次郎さんを軽蔑してきた。

 心境が変わったのは15年。非政府組織(NGO)ピースボートの船に乗り、学習会でベトナム戦争帰還兵が心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ映像を見てからだ。「最後は廃人のよう」になって亡くなった父の姿と重なった。

 「父もPTSDで苦しんでいたのかもしれない」。黒井さんは18年、会を発足。父親について公にすると似たような悩みを抱える人から次々連絡が来た。復員した父や祖父からの暴力や暴言に苦しんだ人も多かった。

 「実は多くの日本兵が戦争で心を壊されて家庭に戻り家族を苦しめていたのでは」。そんな思いを胸に黒井さんは講演を続け、昨年と今年、東京や大阪で証言集会を企画。家族の発言や手記を書籍にまとめた。「復員兵と暮らした家族もまた心を壊されている。戦争がいかに尾を引くかを伝え日本が二度と戦争をしないよう国民的運動にしたい」。今秋、支援者も含めた市民団体の発足を目指す。

 黒井さんが企画した集会で元兵士の祖父から父、そして自身への影響について語った中村平・広島大大学院教授(文化人類学)は「復員兵の苦悩と暴力は形を変えて下の世代に負担となって継承されている」と語る。いまオートエスノグラフィ(自伝的民族誌)研究として深める。世代間にわたる戦争トラウマについて考える機運も生まれている。

社会学・精神医学…多様な研究者議論 「不可視化」されてきた問題

 日本で兵士とトラウマについて検討する試みが始まったのは最近になってからのことだ。戦争や従軍による暴力が原因でPTSDなどを発症する兵士は多く、ベトナム戦争やイラク戦争の帰還兵のトラウマは、かねて知られてきた。アジア太平洋戦争に赴いた日本兵らも心に癒えない傷を負ったはずだが、彼らの存在は長く一部を除き、「見えない問題」にされてきた。

 それを史料から明らかにしてきたのが、広島大大学院の中村江里准教授(歴史学)だ。2018年の著書では「戦争神経症」と呼ばれた兵士の精神疾患が旧日本軍でどう扱われ、戦後なぜ不可視化されたかを考察した。軍が兵士の精神疾患を本人の弱さとみなし患者も家族も口を閉ざしたこと、戦後社会がタブー視したことなどが背景にある。

 戦争を「文化的トラウマ」という幅広い観点から解きほぐそうという学際的な動きもある。中村准教授たちは、社会学や精神医学、臨床心理学やジャーナリズムなど多様な分野から意見を交わすシンポジウムを21年に5回開催。その成果を今春「戦争と文化的トラウマ 日本における第二次世界大戦の長期的影響」(日本評論社)=写真=にまとめた。

 中村准教授は「断片を統合していくことでこれまで目を向けられてこなかった問題の全体像が見えてくる」と意義を語る。今後もシンポなどを続け、深めていく。

 敗戦から78年。戦争体験者が次々と世を去っても、戦争はいまに影を落としている。いまだからこそ気づき、向き合える問題もある。多様なアプローチが、戦争の現実を受け止め、阻止する力になる。

1970年代初頭に取材した写真家・樋口健二さん

高度成長の裏 痛ましい姿

 「戦後日本の繁栄の裏側で社会から隔絶され、忘れられている姿は、哀れで痛ましかった。何ということかと思った」

 戦場で心身に傷を負い、関東の療養所でひっそり暮らす元日本兵たちをいち早く1970年代初頭に取材した写真家の樋口健二さん(86)=東京都国分寺市=は、半世紀余り前を振り返る。

 とりわけ精神を患った元兵士たちは家族にも「恥」とされ、誰も見舞いに来ない。だからカメラを持って訪れた樋口さんは患者にも医師にも歓迎され、取材は好意的に受け入れられたという。

 世に問わねばとの思いで71~72年、東京都小平市の国立武蔵療養所(現国立精神・神経医療研究センター)などで撮影を続けた。

 だがこのとき撮った写真はほんの一部を除き、長く日の目を見ることはなかった。取材当時、日本社会は高度経済成長期。戦争の傷跡を省みようとの機運はなく、出版社に持ち込んでも編集者から「暗い内容は駄目」と断られた。

 発表できたのは2017年、写真集「忘れられた皇軍兵士たち」(こぶし書房)=写真=が刊行されてから。集団的自衛権行使に道を開いた安保関連法が施行されるなど、戦争が「遠い記憶」とはいえない状況になる中で出版が決まったという。「戦争に備えるのではなく、戦争がもたらす現実に私たちはもっと目を向けなくては」と力を込める。

 写真の中の「皇軍兵士たち」は、戦争の現実と、不都合から目をそらしてきた戦後社会を、黙々と告発している。

(2023年8月15日朝刊掲載)

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