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社説・コラム

朝凪(あさなぎ) 失われたメロディーに

 「野球が好きで、バイオリンも弾いてゐました」。戦時中の新聞を繰っていて、歩兵少尉の戦死を知らせる記事に目が止まった。呉市出身の青年。どんな曲を好んで演奏したのだろう。

 彼女が愛奏したピアノ曲も、ずっと知りたかった。広島で被爆死した女学生河本明子さん。21冊の日記を残したが、なぜか曲名は書き残さなかった。

 今夏、書籍「明子さんのピアノとパルチコフさんのヴァイオリン」を共同執筆・刊行した。その矢先、明子さんの遺族宅から新たに1冊の日記が出てきた。ピアノを弾きながら、母と一緒に賛美歌「まぼろしの影を追いて」を歌った―とあった。

 戦争が終わって78年がたった夏。無残に命を奪われた人々が奏でたであろうメロディーに、耳を澄ませたい。 (報道センター文化担当・西村文)

(2023年8月17日朝刊掲載)

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